時をかける表象

東京大学文科2類。記事と日記に分かれてます。Instagram→@utl458913

陸上部での自己紹介

2019/06/02 日曜日

 

誕生日とか五月祭とか関東インカレとか、いろいろ書きたいことが山積みなのに、マジでALESAと種々のレポートに執筆欲を吸われてしまって1ヶ月近く更新できてないんですけど、今回は陸上部のブログに自己紹介を書くことになったので、それをここにコピペします。

正直リンクを貼れば済む話だけど、万が一なにか迷惑をかけることになったらマズいので修正を加えてここに書いてます。

ちなみに新歓担当になったので、今後入部したいと思っている人で、今のうちに何か聞きたいこととかあれば是非何かしらの形で聞いてきてください。

一応このブログにコメントもできる仕様になっています。

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僕のことを知っている人もいるかとは思いますが、今日は自己紹介をしたいと思います。

今まで自己紹介を書いてくれた1年生の形式を踏襲することなく、自分が書きたいように書こうと思いますが、僕以降に書く人はみんなと同じように書いてもらって大丈夫だと思います。

まず僕は福岡県久留米市に生まれ、自衛官である父親の仕事の関係で7歳の時に兵庫県姫路市に転校しました。

校内のどこかから常に姫路城が見える公立の小中学校を卒業し、兵庫県立姫路西高校に入学、卒業しました。

この高校は共学の公立高校で毎年東大は数人出るものの、2桁の壁を超えられない地方進学校といった感じの学校でした。

人間国宝桂米朝さんやファッションデザイナーの高田賢三さんが卒業生にいるのですが、多分この世代の人にはピンとこないんだろうなと思ってます。


僕は陸上部以外の部活に所属したことはありません。

小学校の時に市内の駅伝大会でアンカーを走って優勝し、中学校の入学式の日に、陸上部の顧問の先生から誘われたのがきっかけで中学1年生の時からずっと陸上部に所属しています。

自己ベストは800mが1分55秒30で、1500mが4分3秒52です。

これは高2の秋に出したもので、その後の冬季に怪我をしてからベストは更新していません。

800mを始めたのは中学3年の5月で、それまでは中学1年の5月に4分59秒、7月の県総体で4分41秒15、10月の新人戦で4分40秒80、ここで冬季の怪我を挟んで、中学2年の6月に4分30秒、夏場に怪我を挟んで、11月に4分20秒88、ここでも冬場に怪我をして1500mでの全国出場が危ぶまれたため、距離の短い800mも始めて全国出場の選択肢を増やそうと思ったのがきっかけです。

大会2日目に補助員をしたくなくて走っていた3000mは中学2年の11月段階で9分24秒くらいだったので、800mに切り替えて正解だったような気がします。

実際、800mでは2分7秒、2分3秒、2分00秒95という風に3〜4回で全国の標準を突破できたし、全国でも自己ベストを伸ばし、11月の中学生の県選手権でも優勝できました。

この時期には3000mもトラックで9分2秒をマークできていたので、人生で1番調子が良かった時期なのかもしれません。

1500mは4分8秒84で全中に出場しましたが、それから高校2年までベストを更新できませんでした。

一度800mを始めると、どうも1500mが長すぎるように感じてしまってモチベーションが保てなくなっていたような気がします。

高校入学して数ヶ月は環境と練習量の変化に対応しきれずに厳しい時期を過ごしましたが、1年の8月に1分59秒09をマークして学年別の県ユースで4位になりました。その後の冬季に怪我をし、10日間ほどアメリカ研修に行っていたこともあって、高校2年のシーズン序盤は苦戦を強いられましたが、5月の県インターで1分56秒90を出し、9月には地区の選手権で1分55秒30を出せました。

同じ時期の新人戦では1500mも4分3秒52をマークし、最後のインターハイ路線にも期待がかかった矢先、県選合宿を控えた12月に全治3ヶ月ほどの怪我をし、結局この時期のベストを更新することなく引退しました。

ここから分かるように、自分は冬季練習が苦手です。

冬季に怪我をした分だけシーズン序盤に苦戦を強いられ、夏の終わりから秋口にかけて調子が戻ってくるというシーズンを何度も繰り返してしまっています。

高校3年生の時もインターハイ路線は県総体準決落ちでしたが、11月の県駅伝では2区で区間4位になりました。

秋に競り合っていたライバルに冬季練習で差をつけられ、シーズン序盤に調子が上がらないのが自分の欠点だと思っています。

春先の調子が悪い度に、もう選手として限界なんじゃないか、と誰かに言われたり、自分で思ったりもします。

しかし毎シーズンそれを繰り返して、でも結局秋口にはそれなりの走りができているわけだから、単に冬季練習を有意義なものにできていないだけだと思います。

一方で自分の強みは、全国的にかなりレベルの高い兵庫県陸上競技をできたことだと思っています。

筋肉や身体のメカニズムについての知識が乏しいので、何故自分があの人よりも速くて、この人よりも遅いのかなんてことは自分にはよくわからないですが、少なくとも種々の自己ベストに関しては兵庫県という舞台が出させてくれた記録だと確信しています。

周りのレベルが高かったから余計に負けたくないと思えたし、そのおかげで夢を見ることができていました。

県のトップ層を相手に勝負を挑むだけで全国に通用する力を身につけられるというのが救いでもありました。

そして今、僕が身を置いている関東地区も全国的に最もレベルが高い激戦区です。

自分もあの地区だったら、と思ってしまうこともたまにありますが、日本で1番強い地域で本気で勝負に挑んでいる自分を誇りに思う気持ちの方が強いです。

高い山に登った方が山頂から見える景色が綺麗だと考えると、もう少し頑張ろうと思えます。

4年間という長い期間の中で、モチベーションが低下したり投げ出したくなったりする時もあると思います。

その時、自分は自分で書いたこの記事を読むつもりです。

初心を忘れず、まずは怪我をせずに自己ベストを更新することを目標にして、今後の練習に励みたいです。