時をかける表象

東京大学文科2類。記事と日記に分かれてます。

帰省1日目

玄関のドアを閉めた途端、逃避行が始まった

9割5分の期待とほんのちょっとの寂しさだけが入った、少し小さめで軽いスーツケースを引きずりながら品川駅を目指す

20時前後の山手線は人が多い

体を止めると同時に大量の人を吐き出す化け物と2番ホームで対峙し、今からこいつに乗るのかなんてことを考えていた

品川駅に着き、新幹線で飲み食いするものを買おうか、いやでも500mlのカルピスソーダを151円で買ってよいものかという葛藤の末、結局108円の天然水だけを買って新幹線に乗り込んだ

大学のトラベルセンターで数日前に買った指定席Aの上の棚には、無数のスーツケースが寝そべっていた

席に着くとすぐに新幹線は進み出し、一気に実感が湧いてきた

ここで寝てしまってもよいのか、と一人で新幹線に乗るといつも思う

貴重品を盗まれたらどうしよう、乗り過ごしたらどうしよう、と思ってしまう

それは考えすぎでっせ!と思えるような人間に自分もなってみたい

3時間だけ座っていれば目的地に着くわけなのだが、この膨大な距離を3時間で移動するようなスピードに自分の体がついていけないような気がしてしまう

目に見えない文明の圧力に晒されながら、いろんなことに思いを巡らせていた

車内にこれだけ人がいるのに、この一席だけは孤独の空間のような気がしていた

再会するということはまた帰りの列車に乗る瞬間が来るということでもあり、寂しさに向かって走っているような心地さえしてきた

きのこ帝国のクロノスタシスを聴きながら新神戸を過ぎると、車内にはほとんど人が残っていなかった

ボーカルの冷たくて暖かい声がエモすぎて、心の隙間を満たしていた

車内で読もうと思っていた本には一瞥も与えないまま姫路についた

 

日付が変わる前の駅前はうるさかった

渋谷の集合体的なやかましさとは違う、圧倒的な個のやかましさが押し寄せてくる

小雨の中、どうやって母の車まで行こうかと考えていると、見慣れた顔が目の前に現れた

高校の時に同じ陸上部の中距離パートだったその男と3分ほどの近況報告をかわしながら、傘に入れてもらって母の車を目指した

スーツケースを引きずりながら駅の構内を出た自分を追って声をかけてくれたらしい

久しぶりで予想外の再会だっただけに、少しうわずった声が小雨の音に紛れていたような気もする

母の車に乗り込むと、ひと段落つく間も無く晩飯の選択を迫られ、駅から車で数分のびっくりドンキーに行くことになった

日付をまたいでも店内に客は割と入っていて、いつものチーズバーグを食べている間、同世代の若い女がこんな時間まで働いていることについて考えていた

自分はまだこういう飲食店で本格的に働いたことはないし、多分向いてないんじゃないかとも思った

連休中の深夜にも働いている人はいるんだな、と改めて実感した

店を出て家に着くと、玄関がやたらと片付いていた

自分が帰ってくるからなのかと母に尋ねると、あんたが洋服を脱ぎ散らかさなければこんなに綺麗になる、と言って笑っていた

よく考えれば、今の自分の新居は足の踏み場もないほど服が脱ぎ散らかっていた

それに気づいた自分も、一緒に笑っていた