時をかける表象

東大に2度落ちてもなお未だに浪人生をしているという学生の日記。記事と日記に分かれてます

無・機質

2018/12/28 金曜日

 

ペンで紙に文字を書き込む

一蘭のテーブルみたいに隣の人と仕切られたブース型の勉強机で、ひたすら文字を書き込む

机の上にあるのは、ルーズリーフ、教材、筆箱、数本のペン、消しゴム、リュック、手袋、自転車の鍵

無機質の海みたいな空間

起きているときは大体ペンを握るかスマホを触っている

ペンというのは色々あるけど、とりあえず自分が今使っているシャープペンシルは使い始めてから数年が経つ

スマホも2年前の12月にクリスマスプレゼントとして自分で買ったiPhone7のまま

これらの二つは日中の自分にほぼずっと触れている

触れてはいるのに、干渉はしてこない

今だってスマホに触れているのに、この文章は自分が打っているし、スマホはなにも語りかけてこない

強いていうなら予測変換くらいである

最近はセンター試験が近くなって階段の踊り場で話す人々も減っていった

耳をすませば、シャーペンで文字を書く音、赤ペンで丸付けをする音、本のページをめくる音が聞こえる

図書館や自習室では喋ってはいけない

存在を知らせ、意思を伝達するために神様が声を与えたとするなら、この空間ではそれはなんの役にも立たない

ただ無機質なサウンドで存在をアピールする他はない

ペンを握って文字を書く時、ペンが勝手に動いて文字が書けたなんてことは一度もない

ペンは自分の心に働きかけてこないし、自分もペンそのものに対してなんの働きかけもしない

「使う・使われる」の関係を保ちながら、相互不干渉のままずっと存在し続ける

友人、恋人、恩人、他人の全てが無機質だったらどうなるだろうか

自分も誰かに影響を与えないし、相手も自分に影響を与えない

そんな無機質で不干渉な空間があったら幸せになれるだろうか

好きと嫌いを交互に壁に投げつけるような、矛盾と錯綜でグチャグチャになった心を神様は理解してくださるのだろうか

いや自分が無機質じゃないから知る由も無いだけで、きっと無機質同士にも相互の働きかけはあるのだろう

そう思いながら今日もペンで紙に文字を書き込んだ

紙もペンに文字を書き込まれた