時をかける表象

東京大学文科2類。記事と日記に分かれてます。

桃太郎 中

2018/11/13 火曜日

 

恋人の桃子は桃太郎の家を訪ねていました。
桃太郎の帰りを待つためです。
「あら、桃子ちゃん、いらっしゃい。」
不安を隠しきれない桃子と対照的に、いつもと同じような様子のお婆さんが出迎えます。
「ちょっと、カレーでも食べて待ちましょうか。」


会話のない居間にスプーンが皿に当たる音だけが響きます。
桃子は桃太郎の安否を心配しすぎるあまり、カレーに手をつけられないでいました。
ただコップに入った氷が溶けるのをじっと見つめているだけでした。
「信じられないかもしれないが、」
そうやってお爺さんは前置きをしました。

 

「桃太郎は鬼と人間の子なんだよ」


お爺さんによると、数十年前に鬼たちによって村が荒らされた時、お爺さんとお婆さんの娘が鬼ヶ島へ連行され、そこである一匹の鬼と恋に落ちたらしいのです。
それは鬼ヶ島の禁忌を犯すものでした。
やがてその間に子供が生まれましたが、人間との間に生まれたため背も小さく、角も生えていませんでした。
困った鬼はその鬼胎児を不老長寿の実として中国で珍重された大きな桃に入れて川へ流したのです。
そしてお爺さんの娘は不義の子に対する自責の念から入水自殺を遂げたらしいのです。
お爺さんたちは、この事実を夫婦だけの秘密にし、桃太郎には告げていませんでした。


お爺さんの話が終わる頃には、コップの中の氷は溶けてなくなっていました。
桃子は唖然としました。

自分が愛する桃太郎に、自分が心から憎む鬼の血が流れているという事実をにわかには信じられませんでした。

桃子自身も家を鬼に荒らされ、何度も危険な目に遭っていたからです。

桃子は出されていたカレーを一口食べると、気付けば涙を流していました。

お婆さんのカレーは桃子の家とは全く味の違うものだったからです。
どちらが美味しいとか不味いとかではなく、今まで食べたことのないような味でした。

それは、自分と桃太郎が全く異次元な環境で育ってきたことを物語るような、悲しい味でした。

 

続く