時をかける表象

東大に2度落ちてもなお未だに浪人生をしているという学生の日記。記事と日記に分かれてます

【腎機能的社会変革】

2018/09/07 金曜日

 

自習室でメガネを外して気持ちよさそうに眠っている女の子の肩をちょこっと叩いて、「もう授業始まっとるで」と起こしてあげました

いきなり起こされて、何が何だかわからない様子のその女の子は、急いで時計を見てあたふたし始めました

まだ授業開始まで1時間以上あるのに、オーバーすぎるくらいに、あわわわってなってました

over hour ur urって感じでした

6秒後くらいに「嘘やで」って伝えると、怒りと安堵が混じったような顔をして、その場はごめんで終わりました

數十分経ってトイレに行くついでに様子を見ていると、普通に彼女は勉強を再開していました

 

確かに授業が始まっていると言って起こすのは陰湿なイタズラだし、嘘はいけないことだけど、それがきっかけで勉強に向かう機会を得て、それが自己実現への一歩を踏み出すことに繋がったとしたら、このイタズラにも存在価値があると思う

でももしかしたら彼女は、何らかの事情で昨晩あまり眠れていなくて、授業までのなけなしの空き時間を睡眠に捧げていたのかもしれない

体質的に睡眠の途中で起こされると、二度寝しても意味がなくなるような、睡眠の足し算ができない人かもしれない

だから仕方なく眠気に耐えながら勉強して時間を潰していただけかもしれない

起こした後にちゃんと勉強していたからといって、必ずしもそれがその人のためになっているとは限らないのだ

 

これと同じことが昨今のスポーツ界で起こっている気がする

今は体操のパワハラ問題がワイドショーを賑わせているが、相撲やレスリング、アメフトやボクシングなど多くのスポーツでの不祥事が相次いでいる

その時に当事者がよく言うのは「この機会にすべての膿を出し切る」ということ

しかし、最終的には傲慢とそのセンセイ君主っぷりが原因で失脚することになるものの、ある程度の地位にまで上り詰めるほどの実力や実績のある指導者が一線から退いてしまうことが、果たして選手やスポーツ界、もっと言えば日本のためになるのだろうか

もちろん体罰や贔屓は良くないことだが、だからと言ってその指導者をそのポストから引きずりおろして、結果的に何が残るのだろうか

「膿を出す」といってもやり方は2つある

1つ目が、一旦すべてのカードを切り捨てて、後から必要なものだけを再び取り込むやり方

2つ目が、不必要なものを特定してから、それだけを取り除くやり方

世間一般では後者を採用しているが、腎臓では前者を採用している

生物の教科書に載っているようなことではあるが、腎臓は血球やタンパク質などの大きな物質以外の全ての血液中の成分をろ過する

そしてグルコースや水、無機塩類などの必要なものを再吸収して尿を生成する

それは取り除くべきものを正確に特定し、過不足なく除去することの方が難しいかららしい

特に未知のものを扱う特、何をどこまで取り除けばよいのかという判断を的確にこなすことは限りなく不可能に近い

事件に深く関与した数人の有能な人材を取り除くだけで、果たして本当に健全な集団になるのだろうか

無意識のうちに事件を惹き起こさせるように仕向けてしまった無能な傍観者が実は今も内在しているのではないだろうか