時をかける表象

東大に2度落ちてもなお未だに浪人生をしているという学生の日記。記事と日記に分かれてます

【なにも見えないから人はもがく】

2018/07/27 金曜日

 

お母さんと同い年くらいの受験生はセカンドライフ真っ最中

本人はセカンドライフだと思ってないようだけど

今日は気になっていたことを思う存分聞かせていただいた

なぜこの歳から医学部志望になったのか、それに対する周囲の反応とか、生い立ちとか

プライバシーに関わることだからどこまで書いていいのかわからないけど、年齢は母と同じくらい

現役で有名大学に進学した後に就職、結婚、出産を経て医者になろうと一念発起して退職、予備校に通い、受験生として勉学に励む

その受験生について一文にまとめればこうなるのかもしれないが、実際どういう人生を歩んできたのかは知らない

どうして医者になろうと思ったのか、高校の時から医者になろうと思っていたのかという質問に対しては、もしかしたら思っていたのかもしれない、という答えだった

軽い気持ちで思ったことがあったのかも、といった具合

高校の時から自分に英語を教えてくれて、いきなりアメリカに飛び立った先生の話を引き合いに出して、自分はそういった勇気ある行動をする人間を尊敬すると言ったら、その受験生は、「他人から見れば突拍子もないことをしているように見えるかもしれないけど、自分の中では全部繋がってますけどね」と言った

どんな生徒よりも年上なのに、誰にでも敬語で接するその受験生の言葉はどこまでも深くて重みがあり、自分にはその発想がないなと思った

他人のスポットライトが当たっていないだけで、着々とその人の物語は人知れず進行していた

そんな当たり前のことを自分は気付かないでいた

本人の中では突拍子もないことをしているつもりなんてなくて、問題はそれをどう周囲の人に理解させるかということなんだと思った

まだなにも積み重ねてない自分ですら保身に走ろうとしてしまうのに、現状を捨てて何かを追える所が尊敬する、と続けて言うと、

「そんなに積み上げてきたものなんてないですよ、逆に保身に走るほどなにか守るべきものがあるんですか」と聞かれた

どこまでも本質に迫る言葉だった

少なくとも自分にはそう感じた

自由に生きろだとか、思い通りに進めばいいだとか、そんな言葉はどこか無責任な気がして信じられない

 

「明るくて、死という最終地点までずっと道が見えているのと、全くなにも見えない暗闇の中を歩くのと、どっちがいいかという話ですよ」

「なにも見えないから人はもがくんですよ」

 

自分より倍近く生きている受験生は、あくまでも立場上は自分と同じ受験生

こういう人間的に深みのある人と話すのは楽しいけど、緊張するし、なにより怖い

それは怒られるとかドン引きされるとかじゃなくて、本気で自分の意見をぶつけた時に、その人を壁に見立てて思いを投げかけた時に、それよりも何倍も凄まじい勢いで本質を貫くように跳ね返ってきて、自分がいかにちっぽけで思慮の浅い人間かを思い知らされるのが怖い

こういう人が誰かの師となるべきだと思う

こういう人に自分はなりたい