時をかける表象

東大に2度落ちてもなお未だに浪人生をしているという学生の日記。記事と日記に分かれてます

彼女のお母さん

2018/07/22 日曜日

 

覚悟が欲しい

自分に足りてないのは覚悟と実績

なぜか腕が筋肉痛だったので、ほこりをかぶったボルタレンに手が伸びた

中学3年の時に、当初はまだあんまり信用していなかった方の新しい顧問の勧めで買ったボルタレン

ローションクールタイプのボルタレン

つけると本当にヒリヒリして、肌が裂けそうになって、慌ててこの症状に注意しながら使用上の注意を見ると、消費期限的なやつが今年の4月だった

これ大丈夫なんかと思って、翌朝起きるのバッチリ効いててびっくりした

中3の4月から新しくきた顧問の先生はとある有名な先生の奥さんで、選手時代も顧問としても実績もある先生だった

その先生に勧められたボルタレン

思い返して見ると、常に両膝のオスグッドと慢性疲労に悩まされた中3の陸上競技人生の支えになっていたのは、この10cm程度の液体のりみたいな容器にはいった50gのボルタレンだった

愛知全中の前日に先生にマッサージしてもらったのも覚えている

チサンイン名古屋の独居房みたいな部屋の中に、男性顧問と2人きり

ベットに横たわる自分をマッサージしながら緊張とも気まずさともとれる沈黙が充満して、確かその日のしゃべくり007のゲストはヒロミで、久しぶりにヒロミ出てきたなぁなんてことを顧問が言っていた記憶がある

自分はそれどころじゃなかったけど

自分は顧問に関しては多分ずっと恵まれていると思う

常に怒られていた気もするし、衝突することももちろんあったけど

原因の多くは、自分の中の陸上哲学みたいなものが、あんまり他の部員とかに理解されなかったっていうだけのことだけど

特に中学の時は部員も少ないし跳躍種目が強い女の先輩はいたけど、大した強豪校でもなかったから、1年生の時からかなり期待をかけられていて、できて当たり前という評価を常に下されていたのを覚えている

レースが終わった後に顧問の先生に報告に行く時とか特に

結果が貼り出されるところに見に行ったら先生がもうすでにそこにいて、あそこはああしろとかここはもっとこうとか、そういう類の指導をすぐしてもらったことを覚えている

割と無愛想で一見怖そうで本当に怒ったら怖い先生だったけど、少なくとも自分に対しては1人の人間同士の指導だったように思える

その顧問の先生は自分が中3になると同時に別の学校に転勤してしまったけど、自分が全国を決める大会ではスターターを代わってくれたらしい

ちなみにスターターっていうのはスタートの時にピストル鳴らす審判のこと

走ってる時に1番近くで指示を出したり応援してくれる

あの頃の自分の比べてどうだろう

あの頃の闘志はまだ燃え続けているだろうか