時をかける表象

東大に2度落ちてもなお未だに浪人生をしているという学生の日記。記事と日記に分かれてます

歪んだ恋愛進路指導

2018/07/15 日曜日

 

カップルの記念日ツイートを見ていて思うのが、「今日で○ヶ月です!」まではわかるとしても「みんなの応援で〜」みたいなこと言う頭のイタい人のリプ欄に、必ずと言っていいほど本気で他人の恋愛を応援している人間がいることが不思議だなということ

いや普通の社交辞令的な「おめでとう〜」みたいなのじゃなくて、全然関係ないのに、もっと言えば2人の世界では何の役割も担っていないのに、勝手に動画とか作ってる奴とか見ると、こういう奴が人権侵害を声高に叫んでいるのかなって思ったりする

「付き合った頃は本当に喧嘩ばっかりで、よく私に相談してたね」みたいな、私頼られてましたみたいなアピールをさりげなく入れる人間の厚かましさ

歪んだ恋愛進路指導の餌食となってしまった可哀想なカップルに同情しようと思えば、彼ら自身も「みんなの支えがあってここまでやってこれました!」みたいな、ヒーローインタビューの教科書に載っていそうな言葉を並べ立てているのを見て鼻がムズムズしてくる

どういう思考回路で言ってるのかわからなくなる

自分自身の恋愛経験を振り返ってみても、誰かの支えでどうにかなったという局面はほとんどない

付き合うまでの過程で誰かの力を利用することはあっても、それを継続させるのは紛れもなく当事者2人の実力である

「友達代表として言わせていただきます!あの子と付き合ってくれてありがとう!幸せにしてくれてありがとう!」なんて言葉を平気でかける人間

そんなことより自分のことを考えたら、って思ってしまう

むしろ他人の介入は邪魔であることの方が多い

お互いのことをしっかり知っている人間が、ニュートラルな立場からアドバイスを言う時に初めて役に立つのであって、自己顕示欲からくる無駄なお節介の悪質タックルは最悪の燃えないゴミだと思っている

第一、他人の幸せに乗っかって幸せな自分を演出しようとする姿勢がどうも気に食わない

そもそもそういった馬鹿げたニワカサポーターは失恋すると何の声かけもなく知らん顔しがちだし、自分に酔って無責任な綺麗事で困惑させがち

生まれた家庭環境、成長過程における周囲の人間、そこから生まれる価値観、それが全て違う、血も繋がっていない他人と真の意味で綺麗事だけで深い関係になれるとは思わない

もっと言えば何の関係もない、ただの友達の記念日をおめでとうと思えるほど自分には余裕もないし、興味もない

大半の恋ははかなく終わるし、終わってしまえば他人以下の存在になることを知っている

痴情のもつれに積極的に関わるほど頭悪くない

誰かの誕生日は本当に心の底からおめでとうと言えるけど

それは、その人が生まれてきて自分と知り合う中で、何かしらの影響を与えてくれたからであって、ある生物が絶滅すると、食物連鎖の関係によって全く予想だにしなかった生物までもが絶滅するように、その人がいなかったら巡り巡って現在の自分が全く別のものになっていたかもしれないと思えるからである

でも他人のカップルにはそういったことを見出せない

いや理論上は見い出せるけど、それなら何も恋人だけに限らず、その人が食べていたご飯、親友、影響を与えたミュージシャンや好きな漫画にまで感謝と祝福を与えなければならなくなってくる

それに気付かずに記念日だけを祝福する人間に、それって恋愛以外に祝福すべきことがないみたいにならないか?っと問うてみたい