時をかける表象

東大に2度落ちてもなお未だに浪人生をしているという学生の日記。記事と日記に分かれてます

コップ1杯の欲望

2018/07/01 日曜日

 

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おかげさまで2ヶ月近く日記も続いています

去年の3月からつけ始めた日記は10日ほどでやめてしまったけど

なんだか今回は続いてるなぁという感じ

まぁある種の義務感みたいなものがあるんだろうけど

今年の4月から毎日お小遣い帳をつけるようになって、毎月の初めには先月の収支と内訳を分析するようにしているんだけど、やっぱりこういうのつけるとお金使いたくなくなる

元々お金を貯めるのが好きで、しかもそれを1発ドカンと使ったりするのがもっと好きだったけど、最近はもっと守銭奴になっている気がする

しかも守銭奴と言っても、例えばiPhone7を買うために節約して全額自腹で買ったというような、目的のための守銭奴ではなくて、もう完全にお金を貯めたいという欲望に駆られた守銭奴になっているような気がする

売られているものはお金さえあれば基本的には全て買える

お金は何かを得るための手段にすぎないのに、それを目的としてしまっている

でもこうした手段が目的に転化してしまうことは、人間誰しもあると思う

多分神様が人間を作った時、コップ1杯分の「欲望」をそれぞれのケースにスプーンで分けていったんじゃないかなと思ってる

ある人は睡眠欲が多くて、またある人は性欲が多くて、またある人は自己顕示欲が強かったり

例えば睡眠欲が強すぎて授業中ずっと寝ている人は多分自己顕示欲や向上心といったものはない

全ての欲望は足したらみんな100になる

例えば避妊具をつけた性行為も手段が目的に転化した例だと思う

行為に及ぶまでに時間とお金を献上し、ご機嫌を取りながらムードを作り、時には押したり引いたりあの手この手で合意にこぎ着けて、しかもまたこの場で時間とお金を発生させながら、本来の目的が達成される可能性を排除する

本来は子孫を残すためのものなのに

例えば睡眠だって、日中に活動するエネルギーをチャージしたり、明日への英気を養うためにするものなのに、夜も寝て昼も寝ているような人だっている

いやもちろんそれはその人なりの幸せであって、否定するつもりは全くないけど、手段が目的に転化すると周りが見えなくなる

他の欲望に対する注意や関心が限りなくゼロに近くなる

性欲が強すぎるあまり手当たり次第セクハラまがいの発言をする人、お金に執着しすぎるがあまり集団の輪を乱す人、あなたの周りにもきっといるはず

過剰な欲望がコンプライアンスやデリカシーすらも忘れさせる

もちろん欲望がなければ人間はここまでの文明を築けなかっただろうし、利便性を追求しなければなんの発明も生まれなかっただろう

しかしその個人の欲望が行き過ぎるがあまり、社会が空疎なものになってしまって、文明が退化するとすれば、なんとも皮肉な話のように思える