時をかける表象

東大に2度落ちてもなお未だに浪人生をしているという学生の日記。記事と日記に分かれてます

一人っ子と兄弟

2018/06/12 火曜日

 

おじいちゃん家からトウモロコシが送ってくる

美味しいトウモロコシ

結構なペースでお米は送ってきてくれるけど

10個もトウモロコシを送ってきてくれた

自分は小学1年生の夏休みに父の仕事の都合で福岡から兵庫に引っ越してきて、多分小4以来福岡の実家に帰ったことがない

別に仲が悪いわけじゃないけど

家族3人里帰りするとなると10万近くかかるから

時間とお金に見合ってないし、部活と受験で忙しかったし

自分は兄弟もいなければ、幼少期を共に過ごしてきたといえるほどの親戚もいない

両親が死ねば孤独になる、というと少し重すぎる気がするけどそんな感じ

兄弟がいる家庭を覗いてみたいといつも思う

ついこの間まで他人の家に泊まったことがないし、それも自分が東京に遊びに行った時に、1人で下宿している友人の家に泊まっただけのことだし、4人家族とか5人家族とかの食卓を見たことがあんまりない

兄弟がどういう存在なのかも理解できない

ただ、あんまりいいイメージは持ってないのも確か

そもそも1つのケーキを3人兄弟は三等分するらしいが、自分は一人っ子なので丸々全部食べられる

お兄ちゃんにお金かけすぎたから自分は塾に行けない、とかいう子を見るとこっちが悲しくなってくる

おさがりという概念もなければ、誰かと比べられることもない

兄弟喧嘩をすることもなければ、兄弟のしたことで本人の本質からズレた評価をされることもない

そういえばこの前の模試の英長文、涙が出るような文章だった

大学のサッカーリーグでバリバリ活躍してチームを優勝に導いた姉を持つ主人公

姉とは違ってスポーツはできないのに、「あいつの妹」というだけでサッカーチームから猛烈なスカウトを受ける

自分のプレーを見るや否や、チームメイトの期待がむなしく消えていったのを感じて悲しくなる

ここまで読んだだけで、本当に可哀想だなと思う

実際、お兄ちゃんはデキルのに、弟はボンクラだったりする兄弟を見ると、生命は不思議だなぁという気持ちになる

同じ両親から生まれてきたのに

なんでお兄ちゃんと同じ高校に行かないのか、と勝手に気の毒に思うことさえある

自分なら多分発狂しそうになる、いや、絶対

もちろん、兄弟がいないからこそ、そう思う自分が出来上がったのかもしれないけど

常に背理法で自分の存在意義を消されているような気がしてくると思う

こいつさえいなければ、と怒りが込み上げてくるだろう

自分と似ていて、自分よりもデキルとなれば、自分はこの家に必要ないんじゃないかと思えてくると思う

スポーツでいえば、ポジションが被ってるという感じ

自分より上手いゴールキーパーがいるなら自分はキーパーを諦めた方がいい

ゴールキーパーを交代することは基本的にはないわけで

そういう風に兄弟間格差の激しい兄弟は、お互いどういう間合いを取っているのかすごく気になる

間というのは口ほどに物を言うものだ

部室にA君とB君が離れて座っている

彼らは多分仲が悪い

C君とDちゃんが近距離で話している

イチャイチャしているのかな、それともなにか内緒話かな

席が自由の教室で自分の知人が、わざわざ自分と遠くに座った

それは無言の意思表示である

 

多分兄弟は知人や友人以上に気になる存在なのだろう

自分と同じ血が流れている同世代の生き物

それだけでなんか気持ち悪い、でもほっとけない

そんな存在が、幸か不幸か、自分にはいない

でも一人っ子でよかったと思うことの方が多い

兄弟にかなり興味があるが、別に欲しいとまでは思わない

兄弟の間にどんな空気が流れているのか

空気が喋るとしたら何を語るだろうか