時をかける表象

東大に2度落ちてもなお未だに浪人生をしているという学生の日記。記事と日記に分かれてます

9割5分の優越感とほんのちょっとの劣等感

2018/06/03 日曜日

 

自分のことを好きでいることの何がいけないのかわからない

あえて言うがここに書いているのは悪口や陰口ではない

特定の人に対して攻撃的なことを言っているわけでもないし、言論の自由の許容範囲内だと思っている

よく、学校の先生は皮肉めいた顔で「お前はほんまに自分のことが好きやなぁ」と言う

当たり前だろ、と思う

バカだな、とさえ思う

自殺していった奴で、自分のことを好きな奴はいないと思う

自己が肥大化しすぎて、現実と理想との乖離に悩んだ末に、というのはいるかもしれないが

確かに自分は自分のことを好きな方だと思う

でも誰にも迷惑をかけてない

自撮りが好きで、一般道路の真ん中で延々と自撮りをするような類の人や、大した器じゃないのに学芸会の劇の主役に立候補して、落選すれば不満をこぼすような類じゃない

ただ勝手に言ってるだけであって、それを見てイラつくなら見なきゃいいだろと思う

わざわざ見たくないものを見るという行為は、幸せに生きるという観点からすれば無意味な行為であるように自分には思える

もしかしたらお化け屋敷的な、見たくないけど見てイラつきたいみたいな感情もあるのかもしれないけど

この国にはどこかおかしな人がいる

自分のことや自分の国を誇らしく思っている人のことをやたらと嫌う人

タレントが何かをして、週刊誌に取り上げられる

それを見て散々批評した挙句、売名行為だとかなんとか言ってる人

そもそもタレント活動自体が売名行為であって、それなら名前を隠してテレビに出なきゃいけなくなるだろと思う

おかげで自分の不幸自慢をする人が増えた気がする

誰かの幸せを見れば不幸に貶めてやろうと思っている人が多い

誰かの不倫報道に対して、可哀想だとか、もう制裁は十分済んだとか言っておきながら、その人が無事に復帰すると、調子に乗るなだとか早すぎるだとか

もちろん同じ人が言ってるわけじゃないが

誰かの不幸に同情するふりして、結果はそいつの不幸を望んでいる

そりゃ何かで結果を残せば、上司や先生はよくやったと褒めるかもしれない

それは自分の経歴に箔がつくからであり、その人が大人だからである

他人に、もっと言えば人生で出会う何万人もの生徒や部下のうちの1人に、本当に心の底からおめでとうと言える人間がどれほどいるだろうか

「自分の実力でここまでこれました」と一口でも漏らせば、打って変わって賞賛の言葉はざらざらした舌の上に残ったまま空気に消えていくことだろう

いつまで経っても報われないから自分を好きになる

タコがスミを吐くのと同じ

自己防衛のために自分を好きでいるしかなくなる

別にそれでいいんですよ、こんな時代だから

自分はやれる、もっとできるという気持ちがあるから明日も生きようと思う

一般的に言われていることでも認めたくないことはあるし、未知の世界に賭けてしまうのが人間だから

9割5分の優越感とほんのちょっとの劣等感があるから今日も乗り越えられる

優越感がないと社会の圧力に押し込まれそうで、劣等感がないと自堕落な生活で生涯を閉じてしまいそうになる

経験の面で日々成長し続けてきた

今日が自分の集大成で、明日もまた今日を含めた集大成

今日できることが今の自分の全て