時をかける表象

東大に2度落ちてもなお未だに浪人生をしているという学生の日記。記事と日記に分かれてます

【恋人という乗り物】

自分にとって恋人とは乗り物のようなものである

自分もまた彼女にとっては乗り物である

F1のようなレースに出る時を考えて欲しい

異性を車に例えるなら、世の中には35億以上の車があることになる

今乗っている車よりもスピードの速い車、小回りのきく車はいくらでもあるかもしれない

高価すぎて自分には手が出せないもの、自分が乗るには質の低いものもあるかもしれない

しかしひとつの車を選んでしまったのなら、その車でベストタイムを出そうと思うべきである

その時、自分は運転手であるだけでなく、その車の整備士でなければならない

これに気付いてない人が多い気がする

わがままを言わないようにする、気配りができるようになる、といったように運転手としての技能を向上させることは当然必要だが、そもそも車が走らなかったら意味がないのである

つまり整備士としてその車のメンテナンスを欠かさずにする、そして自分がその車を運転しやすいようにカスタマイズすることが大事なのである

車や電子機器というのは使わなければ錆びてしまう

メンテナンスとは普段のコミュニケーションを欠かさないということである

そして自分なりにカスタマイズするというのは、2人にとっての「当たり前」を決めることである

例えば自分がペアルックをしてテーマパークに行きたいと思っているとして、相手がそれに反対している時、「ペアルックでテーマパークに行くのが当たり前」という風に相手に刷り込むといった類のことは、意外と無意識のうちにみんなやっている

それが洗脳であり、カスタマイズである

この時その恋人の周囲の人が「え、それって都合よく丸め込まれてない?」「その彼氏おかしくない?」などと言うことは、自分が運転しやすいように微調整した車を勝手にイジるような行為である

ひとつの国家が存続するためには、国内での統治と対外政策という2つの柱がある

整備士としての自分には、相手をカスタマイズすることと、他人にその微調整を崩されないようにするという姿勢が必要である

きちんとここまでの話を聞けない人は、他者の介入を許さないほどお互いの関係性を強固なものにできていればよい、と言うかもしれない

もちろんその通りであるが、リスクは少しでも減らしたほうがいい

免許取り立ての運転手がスポーツカーを運転すると事故が起きる

出会い頭の事故は衝撃が大きい

残念ながら、自分が交通ルールをちゃんと守っていれば事故に巻き込まれないというわけではない

事故が起きないために他者に対してできる努力があるなら、その努力まですべきだということを言いたいのである