時をかける表象

東大に2度落ちてもなお未だに浪人生をしているという学生の日記。記事と日記に分かれてます

【テーマ】唐宋変革

①政治面

(a)唐=「皇帝と貴族による合議体制」

唐は律令制を確立して学科試験に基づいた科挙を実施したが、門閥貴族の子弟は父祖の位階に応じた官職が与えられる蔭位の制によって任官した。門閥貴族は上級官職を独占して大土地所有を行い、門下省において政策に大きな影響力を持った。

(b)宋=「君主独裁体制」

唐末五代の混乱で没落した門閥貴族に代わって形勢戸が文治主義を支えた。宋代では門下省がなくなり、殿試が採用されて皇帝が人事権を掌握し君主独裁体制が始まった。

 

②文化面

(a)唐の文化=「国際色豊かな貴族文化」

めざましい領土拡大と東西交易の発達によって流入した異国の文化と中国の文化が融合し、唐の文化は国際的性格を帯びた。こうした文化は日本の天平文化など、東アジアの諸地域に大きな刺激を与えた。儒学では訓詁学が中心であり、孔穎達らが編纂した「五経正義」が科挙受験のテキストになったため、思想が固定化し停滞した。

(b)宋の文化=「中国独自の士大夫文化」

科挙に合格した知識人である士大夫層を担い手とする中国独自の文化が栄えた。唐代の長安にかけられていた商業規制が撤廃されて宋代では商業都市が著しく発達し、都市生活者に相応しい娯楽が求められたため、庶民文化が発達した。唐詩に代わって宋詞が流行した。儒学では訓詁学を脱し、儒学の経典を自由に解釈して宇宙の原理や人間の本質を哲学的に探求する宋学北宋の周敦頤によって生まれた。南宋朱熹はこれを大成して大義名分論を唱え、君主独裁体制を支える理論として重視された。唐代で五経が重視されたのに対して、宋学では四書を重視した。また仏教では禅宗(士大夫層)と浄土宗(民衆)が流行した。