時をかける表象

東大に2度落ちてもなお未だに浪人生をしているという学生の日記。記事と日記に分かれてます

2018/05/19 土曜日

この前、小中の同級生からインスタのDMがきた

小学校の駅伝メンバーで当時の恩師に挨拶に行こうという話

小学六年生の時、市の小学校駅伝大会で優勝した

確か12月のマラソン大会が終わった後から本格的に、といっても朝の30分だけではあるが、練習を始めた気がする

自分はあんまりその恩師のことを最初から好きだったわけではなくて、いや嫌いだったわけじゃないが、常に女子生徒に囲まれて和気あいあいとしているその先生に、どこか近寄りがたい雰囲気を感じていたのは覚えている

自分はみんなと仲良く楽しくというタイプではなかったし、自分のような冴えない男子生徒に興味を持つこともないだろうし、自分もそういう類の先生と深く接する機会はないと思っていた

小学3、4年の時にマラソン大会で優勝するくらいには生まれつき足は速かったし、軽い気持ちで朝練には参加していたけど、生徒や先生から特にもてはやされることもなかった

一方でこの前DMを送ってくれた男というのは、高身長イケメンで、少し抜けたところはあるが生徒会長を務めるなど、いわゆる女子からモテるタイプの人だった

彼とは小学校の時に同じサッカーチームに所属してはいたが、そこまで仲良いというわけではなく、クラスも遠かったことから全く別次元の人だという印象だった

あんまり記憶が正確ではないが、朝練では月曜木曜組と火曜金曜組みたいにわかれていて、彼と自分は違う組だったのだけは覚えている

ラソン大会が近づくにつれて、一方の組で一番速いのが自分で、もう一方の組で一番速いのが彼という風な評判になり、マラソン大会当日ではまぁ2人のどちらかが優勝するだろうという感じだった気がする。少なくとも自分はそう思っていた。

というかその恩師が練習のタイム的に2人の実力が抜きん出ていると言われた

もっと言えばさっき言ったように組が違うので一緒に練習したことはないが、まぁ大体自分の方が速いというのを度々聞かされていた

自分はあんまり先生に馴れ馴れしく話したり、友達みたいな関係になるのが苦手だったが、その先生は練習で自分の実力が明らかになってくると親しく話しかけてくれるようになった

こういうとなんかイヤらしい先生みたいになってしまうが、そうではなくて、実力を認められたというか、目をかけてもらったとかそういう類である

ラソン大会は下馬評通りに彼との一騎打ちとなり、最後の最後で彼をかわして自分が優勝した

ちなみに小学4年の時は自分が優勝で彼が2位、小学5年の時は彼が優勝だった

もっと言えば自分は駅伝メンバーで唯一中学になっても陸上部に入り、一応2種目で全国大会に行くに至ったが、最後の最後まで標的の後ろにピタッとつけて、最後の直線でかわすというスタイルを初めて実践したのがこの時だった気がする

高校に入って顧問の先生に「偉そうな走り方」と揶揄され「このスタイルじゃ絶対勝てない」と断言されるまでにも、汚い戦法だとかなんとかよく言われたものである

ちなみにもう1000字を超えている

とっくに超えてしまっている

ラソン大会が終わってから自分がアンカーを走った駅伝大会で母校初優勝を飾ったという話はまた明日にでもしたいと思う

この駅伝大会は自分の栄光の一歩目であり、プレッシャーへの戦いが始まる転機ともなった

ここでの優勝を機に自分に自信がつき、調子に乗り、また全く強豪校ではなかった自分の公立中学校に鳴り物入りで入学することになってしまった

今になって思えば、栄光と凋落の始まりであった