時をかける表象

東京大学文科2類。記事と日記に分かれてます。

2分00秒27で大学デビュー失敗

2019/06/29 土曜日

 

今日は大学デビュー戦だった

高3の時の兵庫選手権が800mの引退レースだったはずだから、手帳開くともう3年経つなぁってやっぱり実感した

ひとまずの目標は1分台を出して七大戦の対抗枠を確定させることであったが、オープン参加で雨も降っていたということもあり、正直厳しい気もしていた

朝は6時ちょうどに目が覚めて、炊飯器に残っていた鳥釜飯を1.5合ほどとバナナ1本を食べて電車で50分ほどの競技場へ向かった

集合時間に5分ほど遅刻すると思ったが、たまたま同じ電車に乗っていた先輩と一緒に走ってギリギリ集合に間に合い、広い意味で一次アップを完了させた

応援の合間にカロリーメイトを食べ、招集の1時間前くらいから本格的にアップを始めた

まずは綺麗な洋室トイレと雨風をしのげる場所を探し、隣接する野球場の近くに拠点を見つけた

風はさほど冷たくも強くもなかったが、断続的に降り続ける小雨のせいで体温が奪われてしまう可能性もあるので、スキップドリルを多めに行い、レース展開の構想を練った

同じ組にいた、1分54秒前後をコンスタントに出せる選手が今日は走らないことを知って、自分が最初からレースを引っ張ろうかと思ったが、練習の400×5や500+300で200m30秒のペースでこなせていたとはいえ、1人で走って2分を切れるほどの実力はまだないと判断して、とりあえず最初の100mをそれなりのペースで入ってから様子を見ようと考えた

 


久しぶりの招集は、オープン戦ということもあって少しぞんざいに扱われているような気もするものであった

試合に対する気持ちや緊張感を味わう暇もなく、気がつけば1組目が走り始めていて、慌てて二次招集を済ませてスタートラインに立った

ピストルが鳴ると3〜7レーンの選手を見ながら100mを通過、一番外の選手が飛び出していたのでその後ろにつけて200mを29秒0で通過した

その後先頭の子のペースが少し落ちたのもあって、250m地点で東大の先輩が先頭に立ち、後続のポケットを警戒しながらそのままのポジションをキープして400mを60秒0で通過した

東大の先輩が先頭に立った時点でその後ろにつけて2番手になるのか、3番手のまま勝機を伺うのかの選択を迫られたが、800mの出場経験の乏しい彼のペースが速すぎるのではないかと判断して後者の選択をしたことが最大の誤算だったような気がする

結局先頭が減速したのを見て、ラスト300mからスパートをかけて550mで先頭に立ち、600mを89秒2で通過したものの、ラスト50mほどで完全に足が止まり1着と0.25秒差、東大の先輩と同着の2(3)着に終わり、記録は2分00秒27だった

正直、ラスト300mでロングスパートをかけた時点で最後まで持つとは思っていなかったし、順位が重視されるレースならやってはいけないミスを犯してしまったと思う

本来ならラスト150mくらいまで先頭との距離を一定に保ってそこからスパートをかけるべきだとは思うが、今回は0.01秒でも速く走ることが求められていたので、レースが中だるみすることを避けるためにも先頭に出るという決断をした

そのおかげで2番手、3番手の選手に体力を温存させてしまった感は否めないが、自分も1周目ではその恩恵を受けていたので仕方がないような気もした

200m〜400mでペースが遅くなっていることを見極められなかったことを除いて、3年ぶりのレースにしては、全体的な運びはそんなに悪くなかったように思う

ただ、2分を切るためにわざわざ1周目60秒で入り、結局その目標を達成できなかったことに少し寂しさを感じた

2分を切ったところで七大戦では戦えないし、圧倒的な練習不足、スタミナ不足を感じたため、コンスタントに1分58秒を出せるようになるにはまだ3ヶ月ほどかかりそうな気がする

絶対的な強さを持った選手が同じ組におらず、先頭が入れ替わり立ち替わりする中で体力を消耗したことや、断続的な小雨でアップが思うように行かなかったことを考慮に入れても、2分を切れなかったのは少し意外だった

今日のタイムだけを見れば大学の中で2番目に速かったことになるが、対抗選手の選考基準はシーズンベストが基本になるので自分には来週の四大戦のオープンしかチャンスが残されていない

今日よりもタイムを出しにくい展開になることが予想される上に、疲労抜きと調整に使う1週間で劇的に実力を伸ばせるわけもないが、全力は尽くしたいと思う

2年記念日

2019/06/24 月曜日

 

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今日が2年記念日だった

今年は遠距離ということもあって、自分の部活の兼ね合いで夜に大阪で会うことになった

まずカップルシートのあるレストランで食事を済ませた

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彼女の要望で自前のスーツとドレスに着替えて夜景を見ながら食事をとった

入学式も成人式も一緒に過ごせなかったので、初めてスーツ姿を見せる日がこの日ということになる

偏食のせいでいつものようにメニューを適宜変更して、結局肉と寿司がメインの美味しいディナーを堪能した

その後は今夜泊まるホテルを探しながらアオハルでプリクラを撮り、結局死ぬほど探しまくった後にアパホテルに泊まることになった

練習で疲れていたのもあって、ベッドの真ん中で大の字に寝ていた自分を彼女はマッサージしてくれていたらしい

ここで、意識がない状態でのマッサージに意味があるのかということをふと思った

マッサージの意義が筋肉をほぐすことにあるとしたら、もちろんマッサージされていることを意識しなくても十分意味があることではあるのだが、実際自分は彼女に言われるまでマッサージを受けていたことに気付かったし、マッサージを受けていると意識することで疲労が回復した気がする、みたいな現象は割と起こるような気がする

まぁ結局善意で行ったマッサージとベッドにおける自分の領土拡大のせいで3時間ほどしか寝れなかったという彼女を叩き起こし、急いで朝食を済ませて、かねてから行きたいと思っていたペンネンネネムへ行った

朝食は偏食の自分でさえ10品近く食べられるような、本当に守備範囲の広いバイキングで、本当に美味しかった

これは後日談なのだが、サービスで受け取ったアパ社長カレーもそれなりに美味しかった

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ペンネンネネムの説明は前の記事を参照してもらうとして、ここでAmazonで購入したプレゼントをコンビニで受け取って渡した

バレンタインの手作りチョコ2年分のお返しを滞納しており、今日のプレゼントで再履修する手はずになっていたので、今回は特別に記念日にプレゼントをすることになった

今年はラルフローレンのPOLOシャツをペアでプレゼントした

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これを着て、2年前に付き合うきっかけとなった祭りに行った

正直、年々規模は縮小しているし、今年は電球ソーダやチーズハットクみたいな目玉商品的なアレもなかったし、そんなに行くメリットは薄いような気がしたが、一応の帰省のついでとして行ってみた

五月祭を経験したことで屋台にお金を使うのは違うんじゃないかという感情が芽生えてきたので、一通り屋台を回ってから王将で無敵の餃子セットを食べてその日は各自の家に帰宅した

このセットはマジで無敵だと思う

次の日は少し早起きして一緒に電車で大学まで行き、大阪で新幹線に乗った

高校が違ったので登下校を共にしたことがなく、少し新鮮な気持ちもあったが、ただひたすらに眠くて半分以上眠ってしまった

眠りから覚めると彼女は手を振っていて、神戸から大阪に行くまでに隣に残っていたのは座席の温もりだけだった

大阪から2時間30分ほどで東京に帰ってくると、雨が降っていた

これからまた遠距離かと思いながらキャリーケースを引いて家に帰った

雨は少し冷たくて優しかった

 

 

ペンネーム:ペンネンネネムさんの投稿

2019/06/23 日曜日

 

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大阪にある古いビルの2階に「ペンネンネネム」という店がある

「絵本と珈琲の店」と銘打ってある座席入れ替え制のお店で、電話やネット予約はできず、午前9時30分からお店で配布されるチケットを買って所定の時間に行くタイプのお店である

自分は過去に大阪を訪れた際、14時や12時にこの店を訪ねたが、その時点ではもうチケットは完売していた

そうするうちに心理的リアクタンス理論が働いて、もうなんとしてでもこの店に行きたいという気持ちがますます強くなり、今回は大阪に宿をとって戦に臨もうと思った

なぜ自分がこの店に強く行きたいと思っているかというと、それは、行ったことはないがなんとなくこの店の雰囲気が好きだからである

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玄関からセンスが滲み出ているが、大切なものを全て見つけるために少し急な階段を29段上がると、絵本のぐりとぐらが掛けてある扉が現れる

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この扉を開けると、絵本の世界が広がっていた

ぐりとぐらスイミーはらぺこあおむしかいじゅうたちのいるところおさるのジョージなど、聞いたことがある絵本とそれにまつわる何かしらのグッズがたくさんあった

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あまり本を読むタイプではない自分でさえも、この匂いが好きだった

小さな窓を開けるとメニューが見える仕組みになっており、メニューにも絵本にちなんだ料理が並んでいた

自分はぐりとぐらをモチーフにしたパンケーキと、はらぺこあおむしをモチーフにしたプレート、あとスイミーをモチーフにした飲み物を頼んだ

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待ち時間にそれらの本を速読して物語を再確認することも可能で、スイミーの訳が谷川俊太郎ということに驚いたりもした

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該当しそうなページと一緒に写真を撮ったりして、普通に楽しかったし、何より美味しかった

原宿に行った時もそうだったが、俗に言うインスタ映え用の食べ物は1000円を超えてくると普通に味のクオリティも高いなと思った

本当にオススメの店ではあるが、当日にチケットを購入しなければならないのが玉にキズだなと思う

もし行きたい人がいれば是非アパホテルにでも泊まってください

 

 

 

累進課罪

2019/06/09 日曜日

 

小学校の時、どうも好きになれない男がいた

家が貧しくて家庭環境が悪いのは仕方ないとしても、それを口癖のように自虐し、「俺もお前みたいな人になりたかったわ」「ええな、お前は」と目を細めて言ってくる

何をしても鈍臭く、影で悪口は言うくせに、大勢の前ではオドオドして自分の意見は言えない

腹を立てると、特に女子や気弱な男子に対してすぐ暴力を振るう

誰にも構ってもらえないから休み時間に大声で独り言を言ったりして騒いだりするくせに、授業中の音読の声は小さい

そしてなにより、他人の成功を妬み、蹴落とすために教師にチクる

みんな、純粋に関わったらダメな気がするから遠ざけているのに、自分はいじめられていると主張して保護者が学校に怒鳴り込んでくる

今思えば、それは恵まれない環境で育ってしまったことが原因であって、もしかしたら本人には落ち度がなかったのかもしれないが、少なくとも小学校高学年だった当時の自分には、ただうっすらとした嫌悪感を覚えることしかできなかった

特に、何故か自分はその子のお気に入りだったようで、自分が掃除をサボったり置き勉したりすると、すぐに教師にチクって喜んでいた

友達数人で自分の家でゲームをしようと話していると、「それ、俺も行くわ」なんて言って、誰よりも早く家のピンポンを押してくる

ウザいから家に来ないでくれるか、と言えば、また教師にチクって、教師の説教と尋問の中で失言をしてしまい、意味もなく自分が怒られる

自分はどうしても彼のことが嫌いだった

とりあえずの対処法として、遊ぶ日時と場所を彼に悟られないようにする、中学の時は、彼が入っているクラスのLINEグループと、入ってないLINEのグループを作っていることを悟られないようにする、出来るだけ1対1の接触を避けて集団戦で対応することなどを実践すると、彼は自分がコミットできたと思って喜んでいたようだったが、それでも女子に対するセクハラ行為や教師への告げ口は収まらなかった

中学を卒業して、みんながそれぞれの高校に進学した後も彼はちょっかいをかけてきた

特に何故か自分はTwitterで彼から執拗なアンチコメを受け、根も葉もない噂を流されたりもした

そんな、本当にどうしようもない人間を見る度に、そしてそんな人間に足を引っ張られる度に、まぁどうせこいつは将来どっかで野垂れ死ぬんだろうから、と思うことで自分の尊厳を保ってきた

自分の話題がSNSに上がる度に、「俺、こいつと小中一緒だったけど、」といつまでもしゃしゃり出てきて過去の発言や行いをわざわざPRしてくれる

そんな彼は今、どこで何をしているだろう

もし、誰かが働いて納めた税金で飯を食っていたとしたらどうしよう

累進課税制度の下で、これから自分が頑張って就職してお金を稼げば稼ぐほど、自分は高額納税者になり、間接的に彼を養うことになるかもしれない

ただの放火事件に「東大生の女が」と付け加えた記事が話題になって、実名と顔と出身校とが晒されて、東大生をバカにしたいだけの人間が匿名で批判している

何も知らない大勢の人間が「上級国民だから逮捕されてない!」なんてことを叫ぶ出来事もあった

もちろん国立大学は税金で成り立っているし、中でも東大はその割合が高い

社会全体で苦しんでいる人を助ける必要があるのもわかる

しかし、どうも世の中には、匿名で東大生に苦言を呈したい人間が多いらしく、またメディアもそういう人間にエサを与えるかのように「大学生」とは書かずに「東大生」と表記する

まるで高学歴になればなるほど罪が重くなっているかのように

自分は全くリスクを失うことなく、ただネットで苦言を呈したいだけの人間は、きっと自分が嫌いだった彼のように、自分では何もできなくて、でも誰かの成功が妬ましくて何かを言いたがってる人なのだろう

そんな人が多い国では働きたくないと思う人が増えるのは、そんなに理解できないことではないが、すると彼らは「優秀な人材は日本から出て行こうとしている!」「売国奴だ!」なんて叫び出すだろう

そうか、1人で友達を作ったり楽しみを見出したりできない彼は、「自分はいじめられている!」と叫ぶことで、相手をしてくれる人が遠ざかっていくのを防ごうとしていたんだな、とやっと気付いた

同じように、普段は東大生をバカにしているものの、基本的にはその恩恵を受けたいと思っていることも

1人では何もできない人間の末路がこれか、と悲しくなった

 

 

 

 

陸上部での自己紹介

2019/06/02 日曜日

 

誕生日とか五月祭とか関東インカレとか、いろいろ書きたいことが山積みなのに、マジでALESAと種々のレポートに執筆欲を吸われてしまって1ヶ月近く更新できてないんですけど、今回は陸上部のブログに自己紹介を書くことになったので、それをここにコピペします。

正直リンクを貼れば済む話だけど、万が一なにか迷惑をかけることになったらマズいので修正を加えてここに書いてます。

ちなみに新歓担当になったので、今後入部したいと思っている人で、今のうちに何か聞きたいこととかあれば是非何かしらの形で聞いてきてください。

一応このブログにコメントもできる仕様になっています。

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僕のことを知っている人もいるかとは思いますが、今日は自己紹介をしたいと思います。

今まで自己紹介を書いてくれた1年生の形式を踏襲することなく、自分が書きたいように書こうと思いますが、僕以降に書く人はみんなと同じように書いてもらって大丈夫だと思います。

まず僕は福岡県久留米市に生まれ、自衛官である父親の仕事の関係で7歳の時に兵庫県姫路市に転校しました。

校内のどこかから常に姫路城が見える公立の小中学校を卒業し、兵庫県立姫路西高校に入学、卒業しました。

この高校は共学の公立高校で毎年東大は数人出るものの、2桁の壁を超えられない地方進学校といった感じの学校でした。

人間国宝桂米朝さんやファッションデザイナーの高田賢三さんが卒業生にいるのですが、多分この世代の人にはピンとこないんだろうなと思ってます。


僕は陸上部以外の部活に所属したことはありません。

小学校の時に市内の駅伝大会でアンカーを走って優勝し、中学校の入学式の日に、陸上部の顧問の先生から誘われたのがきっかけで中学1年生の時からずっと陸上部に所属しています。

自己ベストは800mが1分55秒30で、1500mが4分3秒52です。

これは高2の秋に出したもので、その後の冬季に怪我をしてからベストは更新していません。

800mを始めたのは中学3年の5月で、それまでは中学1年の5月に4分59秒、7月の県総体で4分41秒15、10月の新人戦で4分40秒80、ここで冬季の怪我を挟んで、中学2年の6月に4分30秒、夏場に怪我を挟んで、11月に4分20秒88、ここでも冬場に怪我をして1500mでの全国出場が危ぶまれたため、距離の短い800mも始めて全国出場の選択肢を増やそうと思ったのがきっかけです。

大会2日目に補助員をしたくなくて走っていた3000mは中学2年の11月段階で9分24秒くらいだったので、800mに切り替えて正解だったような気がします。

実際、800mでは2分7秒、2分3秒、2分00秒95という風に3〜4回で全国の標準を突破できたし、全国でも自己ベストを伸ばし、11月の中学生の県選手権でも優勝できました。

この時期には3000mもトラックで9分2秒をマークできていたので、人生で1番調子が良かった時期なのかもしれません。

1500mは4分8秒84で全中に出場しましたが、それから高校2年までベストを更新できませんでした。

一度800mを始めると、どうも1500mが長すぎるように感じてしまってモチベーションが保てなくなっていたような気がします。

高校入学して数ヶ月は環境と練習量の変化に対応しきれずに厳しい時期を過ごしましたが、1年の8月に1分59秒09をマークして学年別の県ユースで4位になりました。その後の冬季に怪我をし、10日間ほどアメリカ研修に行っていたこともあって、高校2年のシーズン序盤は苦戦を強いられましたが、5月の県インターで1分56秒90を出し、9月には地区の選手権で1分55秒30を出せました。

同じ時期の新人戦では1500mも4分3秒52をマークし、最後のインターハイ路線にも期待がかかった矢先、県選合宿を控えた12月に全治3ヶ月ほどの怪我をし、結局この時期のベストを更新することなく引退しました。

ここから分かるように、自分は冬季練習が苦手です。

冬季に怪我をした分だけシーズン序盤に苦戦を強いられ、夏の終わりから秋口にかけて調子が戻ってくるというシーズンを何度も繰り返してしまっています。

高校3年生の時もインターハイ路線は県総体準決落ちでしたが、11月の県駅伝では2区で区間4位になりました。

秋に競り合っていたライバルに冬季練習で差をつけられ、シーズン序盤に調子が上がらないのが自分の欠点だと思っています。

春先の調子が悪い度に、もう選手として限界なんじゃないか、と誰かに言われたり、自分で思ったりもします。

しかし毎シーズンそれを繰り返して、でも結局秋口にはそれなりの走りができているわけだから、単に冬季練習を有意義なものにできていないだけだと思います。

一方で自分の強みは、全国的にかなりレベルの高い兵庫県陸上競技をできたことだと思っています。

筋肉や身体のメカニズムについての知識が乏しいので、何故自分があの人よりも速くて、この人よりも遅いのかなんてことは自分にはよくわからないですが、少なくとも種々の自己ベストに関しては兵庫県という舞台が出させてくれた記録だと確信しています。

周りのレベルが高かったから余計に負けたくないと思えたし、そのおかげで夢を見ることができていました。

県のトップ層を相手に勝負を挑むだけで全国に通用する力を身につけられるというのが救いでもありました。

そして今、僕が身を置いている関東地区も全国的に最もレベルが高い激戦区です。

自分もあの地区だったら、と思ってしまうこともたまにありますが、日本で1番強い地域で本気で勝負に挑んでいる自分を誇りに思う気持ちの方が強いです。

高い山に登った方が山頂から見える景色が綺麗だと考えると、もう少し頑張ろうと思えます。

4年間という長い期間の中で、モチベーションが低下したり投げ出したくなったりする時もあると思います。

その時、自分は自分で書いたこの記事を読むつもりです。

初心を忘れず、まずは怪我をせずに自己ベストを更新することを目標にして、今後の練習に励みたいです。

 

 

 

 

帰省2日目

今日は一旦予備校へ寄ってそれなりの挨拶を済ませた後に、彼女と合流した

まずは、結局一度も行けなかったレストランへ向かった

市内では割と有名なので何度かチャレンジしたことがあるが、店内が狭いこともあって並んでいるうちに断念してしまうことが多かった

オムライスが美味しいと聞いていたのでまずそれを頼んだ

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正直めちゃくちゃ美味かった

ビーフカツレツも頼んだが、これも本当に美味しかった

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一切れごとのジューシーさがマジで半端なくて、喉から肘が出るほど次も食べたくなった

そのあとスタバに行き新作を双子飲みした

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当然自分はホワイトの方が好きだった

これはちょうど1年前くらいにも思ったことなのだが、レッドの方は普通に飲んだらイチゴそのものっていう感じだけど、スタバに置いてある無料のミルクを2:3くらいの割合で入れて混ぜたら、宇宙一美味しいイチゴミルクになる

ここで注意して欲しいのは、無脂肪乳じゃなくて普通のミルクの方を入れること、ミルクを入れすぎないこと

そのあとはボルダリングをしたり、カラオケに行ったり、鳥貴族に行ったりした

この街は、本当にすることがない

というかもう長い月日の中で遊び尽くしたような気がする

あと行きたいところはレストランやカフェしか残ってない

今回は最初ということで近況報告も兼ねて帰省したが、来年から帰省することは少なくなるような気がする

両親に頼んで来年の春には関東に引っ越ししてもらう手はずを整えているので、もう帰省する家がなくなってしまうからだ

今年中は積極的に帰省するつもりではいるが、この街を拠点とするだけであって、これから行きにくくなる中国地方や近畿地方を攻略するのが主になる気がする

その拠点さえも来年の今頃には失われている可能性が高い

そう思うと途端にこの街に対する愛着が湧いてくるものなのだろうか

両親は福岡県出身で、自分も7歳までは福岡に住んでいた

小1の夏に父の仕事の都合でこの街に転勤になった

九州弁が飛び交う家庭で生まれ、関西弁が流れる教室で人格を形成してきた自分は、現在関東に住んでいる

多分これからも住み続けると思う

そうした時、自分の出身地はどこになるのだろうか

心の故郷はどこになるのだろうか

その何割くらいをこの街は請け負うのだろうか

個人的に興味がある

 

 

 

帰省1日目

玄関のドアを閉めた途端、逃避行が始まった

9割5分の期待とほんのちょっとの寂しさだけが入った、少し小さめで軽いスーツケースを引きずりながら品川駅を目指す

20時前後の山手線は人が多い

体を止めると同時に大量の人を吐き出す化け物と2番ホームで対峙し、今からこいつに乗るのかなんてことを考えていた

品川駅に着き、新幹線で飲み食いするものを買おうか、いやでも500mlのカルピスソーダを151円で買ってよいものかという葛藤の末、結局108円の天然水だけを買って新幹線に乗り込んだ

大学のトラベルセンターで数日前に買った指定席Aの上の棚には、無数のスーツケースが寝そべっていた

席に着くとすぐに新幹線は進み出し、一気に実感が湧いてきた

ここで寝てしまってもよいのか、と一人で新幹線に乗るといつも思う

貴重品を盗まれたらどうしよう、乗り過ごしたらどうしよう、と思ってしまう

それは考えすぎでっせ!と思えるような人間に自分もなってみたい

3時間だけ座っていれば目的地に着くわけなのだが、この膨大な距離を3時間で移動するようなスピードに自分の体がついていけないような気がしてしまう

目に見えない文明の圧力に晒されながら、いろんなことに思いを巡らせていた

車内にこれだけ人がいるのに、この一席だけは孤独の空間のような気がしていた

再会するということはまた帰りの列車に乗る瞬間が来るということでもあり、寂しさに向かって走っているような心地さえしてきた

きのこ帝国のクロノスタシスを聴きながら新神戸を過ぎると、車内にはほとんど人が残っていなかった

ボーカルの冷たくて暖かい声がエモすぎて、心の隙間を満たしていた

車内で読もうと思っていた本には一瞥も与えないまま姫路についた

 

日付が変わる前の駅前はうるさかった

渋谷の集合体的なやかましさとは違う、圧倒的な個のやかましさが押し寄せてくる

小雨の中、どうやって母の車まで行こうかと考えていると、見慣れた顔が目の前に現れた

高校の時に同じ陸上部の中距離パートだったその男と3分ほどの近況報告をかわしながら、傘に入れてもらって母の車を目指した

スーツケースを引きずりながら駅の構内を出た自分を追って声をかけてくれたらしい

久しぶりで予想外の再会だっただけに、少しうわずった声が小雨の音に紛れていたような気もする

母の車に乗り込むと、ひと段落つく間も無く晩飯の選択を迫られ、駅から車で数分のびっくりドンキーに行くことになった

日付をまたいでも店内に客は割と入っていて、いつものチーズバーグを食べている間、同世代の若い女がこんな時間まで働いていることについて考えていた

自分はまだこういう飲食店で本格的に働いたことはないし、多分向いてないんじゃないかとも思った

連休中の深夜にも働いている人はいるんだな、と改めて実感した

店を出て家に着くと、玄関がやたらと片付いていた

自分が帰ってくるからなのかと母に尋ねると、あんたが洋服を脱ぎ散らかさなければこんなに綺麗になる、と言って笑っていた

よく考えれば、今の自分の新居は足の踏み場もないほど服が脱ぎ散らかっていた

それに気づいた自分も、一緒に笑っていた