時をかける表象

東大に2度落ちてもなお未だに浪人生をしているという学生の日記。記事と日記に分かれてます

豚骨ラーメン発祥の地

2018/08/14 火曜日

 

11時45分に起きる

さすがに焦った

昨日は家族3人ともあんまり寝付けなくて適当に話していたけど、さすがに昼ごろまで寝るとは思わなかった

焦ってFIFAの宝探しイベントを終わらせながら、今日の予定を立てる

そうこうしているうちに今日は父方の従兄弟が来た

19歳の男、小学6年の男、小学5年の女の三兄弟

次男と長女は自分と遊んだことを覚えてないらしいが

ドンと構えたお母さんと、父の弟の5人家族

この家族は祖父母の家の近くに住んでいて、結構子供は祖父母の家に入り浸っているらしい

この次男とラーメンを食べに行った

何もわかってない祖父の嫌味ったらしい過度な期待の裏返しに苦しめられていた彼を父が救い出そうとしているもあるのかと個人的には思った

 

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久留米市が豚骨ラーメンの発祥ということは市民の常識らしい

関西の豚骨ラーメンというと、到底人間が食べる食べ物とは思えないほどドロドロしたスープを「本場!九州の味!!」という看板とともに売り出し、何も知らない関西人が美味しいと言って得意げに食べているような、本当に幸せなのは無知な人間だということを再確認できるツールに過ぎないが、本当の本場の味はサラッとスープが飲めてしまう

シンプルに美味しい、といったものである

まぁこれが関西人の口に合うのかどうかは知らないが

というかどうせひねくれ者の関西人は「いやいや、こんなん全然本場の味ちゃいまっせ〜笑笑」とか言うかもなとか思いながら食べていると、隣の席の中年の男が話しかけてきた

この店の常連だと言うその男は「兄ちゃんはラーメンのスープば全部飲まんとね?」と聞いてきた

「俺はね、器の底に何か書いとるかもしれんけん、最後まで飲み干すようにしとっとよ」

でも自分の器の底にも、その男の器の底にも何も文字は書いてなかった

『いや嘘やろ、常連やったらここの器の底になんも書いてないことはずやん』と対応すると、その男は何も言わずに笑ったあと、「やっぱ関西の人はおかしかね」と言った

おかしいのはあんただと言おうかと思ったが、この「おかしい」はinterestingやamusingなのか、それともfunny、もっと言えばstrangeのニュアンスを含むのか、瞬時には判別できなかった

言語の壁は厚いなと思った

そのあと市民ホールで従兄弟の長男と合流した

公務員試験に向けて勉強しているらしい

この市民ホールは1時間100円で体育館を借りられるし、200円でトレーニングルームも使える

高校にあったトレーニングルームの2倍くらいの広さで、のどかな景色を見ながらルームランナーや自転車を漕ぐことができる

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まぁこの市民ホールまでの道のりを歩いたり自転車を漕いだりすればいいだけの話だと思うが

そのあと母方の実家でご飯を食べた

とは言ってもほとんど自分は食べてないが

母方の実家では母と祖母が話しており、自分と父はほとんど会話に入れなかった

退屈だった自分は走って最寄りの無人駅まで行った

 

帰省 1日目

2018/08/13 月曜日

 

8年半ぶりに福岡を訪ねる

来年自分が関西圏から離れると、もう多分祖父母の家を訪ねることがないと思ったから

小学1年生の夏まで過ごしたとは言え、その時の記憶や土地勘なんてものはほとんど残ってない

でもいつものように世間体というものが無言の圧力をかけてきたから、不本意ながら帰省せざるを得ないというだけの話である

7時に新幹線こだまに乗り、3時間30分かけて博多まで行く

途中、本当に魑魅魍魎という言葉が頭に飛び込んでくるほど、本当に口数が多い岡山の5人家族が斜め前に座って延々と話していたり、徳山駅から乗ってきた2歳児にも満たない女児と1歳児にも満たないと思われる赤ん坊の4人家族が前に座ったりしたけど

多分、赤ん坊の方もピンクの服を着ていることから察するに、女の子と思われる

男が生まれるまで少なくとももう1人は子供作るなこれは、なんてことを思いながら椅子と椅子の間で1歳児とにらめっこしていた

ここは託児所かと思うほど子供がいて、こだまは本当に速度が遅くて、コンセントもないし、はぁあという感じだった

博多駅に着くと母方の従兄弟が迎えにきてくれて、そのまま母方の実家へ行った

最初は本当にどういう対応をしていいかわからなくて、ぼーっと無視していたら、耳が聞こえないの?と言われた

あとなんせ8年前の記憶で止まっているわけだから、身長もあれから何十cmも伸びており、背伸びたね、痩せたね、顔が大人びたね、なんてことを言われた

モテるやろ?とか言われてびっくりした

思考や発言の随所に「時代」というものを感じた

8年前に病気で倒れてから介護を必要としている祖父とも会った

個人的には変わってないような気がしたが、母から言わせると痩せ細ったらしい

介護や家事の面で祖母に頼りきっている祖父が、祖母に対して厳しく当たる、というか一家の大黒柱として威厳を保っている局面が何度かあった

良いか悪いかは別にしてシンプルにすごいと思った

普通はあんなに厳しく叱れない

1日の大半をベットで過ごしている祖父が時折見せる、明後日の方向を見上げて何かを考えているような仕草も印象的だった

長い長い1日の中で、一体何を考えているのだろうか

そのあと、父方の実家へ帰ってきた

ここから数日、この家に泊まる

いつもは2階で寝ているが、クーラーが故障していて1階で寝ることになった

みんなでご飯を食べる部屋、リビングというには和式すぎて、なんと言えばいいか自分にはわからない

毎回自分を困らせてきた、やたらと盛大なご馳走も、子供の好みがわからないからということで今回はなくなり、午後8時ごろには祖父は眠りについた

そのあと祖母と自分と両親で今後の話をした

祖父母のこれからのこと、自分たちのこれからのこと

嫌われるのが怖くて、話し合うのがめんどくさくて、誰も本心を言わない

それがこの家系の最大の欠点であると思う

行き当たりばったりばっかりでうんざりって感じ

とりあえずの進展はないまま、今日は消灯した

 

 

Hello,HELO

2018/08/03 金曜日

 

誰かの何気ない一言が思考の迷宮への招待状となることがある

もうすぐ夜が来そうというような帰り道、たわいもない会話の中で部活動の話になった

自分にとってはよくある質問だが、実際どれくらいすごかったんですか、という話

淡々と中学1年からの変遷を語り、この時期は怪我していただとか、あの時期はあいつに絶対勝てないと思っただとか、できるだけ見栄を張ったり謙遜したりせずに話した

一通りの話を聞くと、まだ幼い顔立ちの彼は、「え、じゃあクラスのヒーローみたいな感じだったんですか」と、完全には質問と言えないような軽い相槌を打った

やっぱ第三者からすればそうなるよなと再確認した

端的に言えば自分はクラスのヒーローではなかったし、もっと言えばなれなかった

いわば常にアンチヒーロー的な存在だった

ヒーローになることよりも記録に残ることを最優先していたからなのかもしれないが

 

小学校の頃から、本当になんでモテないのか不思議だった

いや全くイケメンではないし、協調性もなくて可愛げのない小学生ではあったかもしれないが、1人が3〜4人の「すきなひと」を有するような馬鹿けた時期に、一度として自分の名前が挙がらないのは、たとえ全く期待してないとしても不思議なことだった

いや誰かしら俺のこと好きでもおかしくないやろ、と思っていたし、え、あんな奴でも告白されるのかと落胆したこともあった

それは中学に入って彼女が出来たり告白されたりしても同じだった

恋愛とか関係なしに、自分が自分を過大評価しているのか、周りが過小評価なのかわからなくなった

特に、自分がいる目の前で、○○さんは賢いとか▲▲くんは足が速いだとか言う奴を見ると、周りの人間の目利きに不信感すら覚えることも多々あった

 

小学6年生の時の担任が放った言葉を一生忘れることはないと思う

特に表立っていじめられていたわけではないが、全体的にクラスメイトは自分が活躍することを望んでない感じで、例えば自分にリレーを走って欲しくないだとか、あいつが勝ったら面白くないだとか、平然と口にしていた

所詮は小学生のクソガキだからだと思うが、それを見かねた担任の先生が、放課後か掃除の時間かに2人きりになった時に

「周りの人たちはそういう風に言っているけど、中学校に入ったら順位が出るから」

「そこで目にものを見せてやればいい」

などという言葉を言ってくれた

自分の中では他の生徒とは格が違うと思っていたけど、周りの生徒があまりにもそれを認めないから、なんか自分でも自分が何なのかわからなくなっていた時期に、この言葉は自分にとっての原動力となってくれた

今まで担任の先生を含め多くの先生に出会ってきたが、本当に師と呼べる先生は数少ない

自分の中で、真に迫る何かを言ってくれる存在こそ最もかけがえのない財産である

 

【なにも見えないから人はもがく】

2018/07/27 金曜日

 

お母さんと同い年くらいの受験生はセカンドライフ真っ最中

本人はセカンドライフだと思ってないようだけど

今日は気になっていたことを思う存分聞かせていただいた

なぜこの歳から医学部志望になったのか、それに対する周囲の反応とか、生い立ちとか

プライバシーに関わることだからどこまで書いていいのかわからないけど、年齢は母と同じくらい

現役で有名大学に進学した後に就職、結婚、出産を経て医者になろうと一念発起して退職、予備校に通い、受験生として勉学に励む

その受験生について一文にまとめればこうなるのかもしれないが、実際どういう人生を歩んできたのかは知らない

どうして医者になろうと思ったのか、高校の時から医者になろうと思っていたのかという質問に対しては、もしかしたら思っていたのかもしれない、という答えだった

軽い気持ちで思ったことがあったのかも、といった具合

高校の時から自分に英語を教えてくれて、いきなりアメリカに飛び立った先生の話を引き合いに出して、自分はそういった勇気ある行動をする人間を尊敬すると言ったら、その受験生は、「他人から見れば突拍子もないことをしているように見えるかもしれないけど、自分の中では全部繋がってますけどね」と言った

どんな生徒よりも年上なのに、誰にでも敬語で接するその受験生の言葉はどこまでも深くて重みがあり、自分にはその発想がないなと思った

他人のスポットライトが当たっていないだけで、着々とその人の物語は人知れず進行していた

そんな当たり前のことを自分は気付かないでいた

本人の中では突拍子もないことをしているつもりなんてなくて、問題はそれをどう周囲の人に理解させるかということなんだと思った

まだなにも積み重ねてない自分ですら保身に走ろうとしてしまうのに、現状を捨てて何かを追える所が尊敬する、と続けて言うと、

「そんなに積み上げてきたものなんてないですよ、逆に保身に走るほどなにか守るべきものがあるんですか」と聞かれた

どこまでも本質に迫る言葉だった

少なくとも自分にはそう感じた

自由に生きろだとか、思い通りに進めばいいだとか、そんな言葉はどこか無責任な気がして信じられない

 

「明るくて、死という最終地点までずっと道が見えているのと、全くなにも見えない暗闇の中を歩くのと、どっちがいいかという話ですよ」

「なにも見えないから人はもがくんですよ」

 

自分より倍近く生きている受験生は、あくまでも立場上は自分と同じ受験生

こういう人間的に深みのある人と話すのは楽しいけど、緊張するし、なにより怖い

それは怒られるとかドン引きされるとかじゃなくて、本気で自分の意見をぶつけた時に、その人を壁に見立てて思いを投げかけた時に、それよりも何倍も凄まじい勢いで本質を貫くように跳ね返ってきて、自分がいかにちっぽけで思慮の浅い人間かを思い知らされるのが怖い

こういう人が誰かの師となるべきだと思う

こういう人に自分はなりたい

 

 

 

夕陽がシズム

2018/07/24 火曜日

 

神様が空にフタでもしたら地球規模のサウナができてしまうんじゃないかというほど最近は暑い

暑すぎる

小学6年生の時、組体操の練習中に汗を拭いながらやるせない気持ちのやり場を探していた頃の自分に言ってあげたい

10年後はもっと暑いぞって

中学3年生の時、初めて400mに出場した市民大会の予選と決勝の間、夏休みも終わりが近づいて近くの市民プールで子供のはしゃぐ声を放送席の裏の日陰で聞きながら、競技場の向こうの方で陽炎が立っているのを見て、あまりの暑さと捨て試合に対するやる気ない状態の解決策を探していた頃の自分に言ってあげたい

5年後は自転車漕ぐだけでもやる気なくなるぞって

夏が始まって自習室の人は多い

いつもの席をジャックされる回数が多くなって、上の自習室を使うようになって数日経つ

上の自習室は開放的で、長机に1人座るタイプで、なんか仮校舎って感じがする

プレハブで、歩けばミシミシと音がなるような、でもどこかおばあちゃんの家に行ったみたいな感じがする

まぁおばあちゃんの家に最後の行ったのは10年近く前の話だけど

ドアはガラガラガラとベランダみたいなドアで、クーラーは自由に使えるけど、クーラーのボタンのところにも人が座ってて申し訳ない気分になる

そんな自習室難民の自分に対して追い討ちをかけるような形相でズカズカと音を立てる人間の生い立ちを知りたい

歯医者さんが虫歯を抜いた時に一緒に思いやりという神経まで抜けたのかと思えるほど、尋常じゃない音を立てて教材を机に置く人生の敗者さんとか

生まれた時にデリカシーという必要事項を母のお腹に忘れてきたんじゃないかと思えるほど、常軌を逸した勢いで丸つけをし、震度3くらいの揺れを感じさせながら鬼のような形相で歩く震度さんとか

それらの魑魅魍魎たちが姿を消した時に、見える夕焼けとか

この自習室は4階か3階かその辺にあって、結構いい景色が見える

ドタバタとひっきりなしに音を立てる化け物たちが寝静まった後に訪れる平穏が寂しくさせる

みんなが一気に授業やらご飯やら談笑やらで抜け出すと広くも狭くもない空間に自分と、自分とお母さんくらいの年齢で予備校に通ってらっしゃる方と2人になったりする

西日の差す赤茶けた部屋のロマンチシズム

今日もまた夕陽がシズム

 

彼女のお母さん

2018/07/22 日曜日

 

覚悟が欲しい

自分に足りてないのは覚悟と実績

なぜか腕が筋肉痛だったので、ほこりをかぶったボルタレンに手が伸びた

中学3年の時に、当初はまだあんまり信用していなかった方の新しい顧問の勧めで買ったボルタレン

ローションクールタイプのボルタレン

つけると本当にヒリヒリして、肌が裂けそうになって、慌ててこの症状に注意しながら使用上の注意を見ると、消費期限的なやつが今年の4月だった

これ大丈夫なんかと思って、翌朝起きるのバッチリ効いててびっくりした

中3の4月から新しくきた顧問の先生はとある有名な先生の奥さんで、選手時代も顧問としても実績もある先生だった

その先生に勧められたボルタレン

思い返して見ると、常に両膝のオスグッドと慢性疲労に悩まされた中3の陸上競技人生の支えになっていたのは、この10cm程度の液体のりみたいな容器にはいった50gのボルタレンだった

愛知全中の前日に先生にマッサージしてもらったのも覚えている

チサンイン名古屋の独居房みたいな部屋の中に、男性顧問と2人きり

ベットに横たわる自分をマッサージしながら緊張とも気まずさともとれる沈黙が充満して、確かその日のしゃべくり007のゲストはヒロミで、久しぶりにヒロミ出てきたなぁなんてことを顧問が言っていた記憶がある

自分はそれどころじゃなかったけど

自分は顧問に関しては多分ずっと恵まれていると思う

常に怒られていた気もするし、衝突することももちろんあったけど

原因の多くは、自分の中の陸上哲学みたいなものが、あんまり他の部員とかに理解されなかったっていうだけのことだけど

特に中学の時は部員も少ないし跳躍種目が強い女の先輩はいたけど、大した強豪校でもなかったから、1年生の時からかなり期待をかけられていて、できて当たり前という評価を常に下されていたのを覚えている

レースが終わった後に顧問の先生に報告に行く時とか特に

結果が貼り出されるところに見に行ったら先生がもうすでにそこにいて、あそこはああしろとかここはもっとこうとか、そういう類の指導をすぐしてもらったことを覚えている

割と無愛想で一見怖そうで本当に怒ったら怖い先生だったけど、少なくとも自分に対しては1人の人間同士の指導だったように思える

その顧問の先生は自分が中3になると同時に別の学校に転勤してしまったけど、自分が全国を決める大会ではスターターを代わってくれたらしい

ちなみにスターターっていうのはスタートの時にピストル鳴らす審判のこと

走ってる時に1番近くで指示を出したり応援してくれる

あの頃の自分の比べてどうだろう

あの頃の闘志はまだ燃え続けているだろうか

 

 

当たり前だけどね

2018/07/16 月曜日

 

喧嘩をすると、仲直りするのが面倒くさくなって、またどうせ仲直りするまでが予定調和の喧嘩を繰り返す未来に嫌気が差して、そのまま普通に生きていたら、気がつけば古くからの知人は誰も周りにいなくなってしまった
でも今はそれでもいいと思えてくる
これは交友関係の焦土作戦だから
退路を断つことで得られるものがあると思うから
何の生産性もない馴れ合いに勤しみながら、誰からも嫌われないように生き続けるのがこの腐った社会の常識なのかもしれないけど、それなら別に社会不適合者でいいとさえ思っている
多分中3の夏ぐらいからずっと躁が多めの躁鬱病で、誰かと真の意味で心を通わせてみたくて、でもずっと幸せになれないままこの歳まで来てしまった気がする
発展途上国の青年に比べれば恵まれている方なのかもしれないけど、地位も名誉も金も美貌も頼れる友人や恋人も好感度も帰るべき場所も満足いく称賛も今までほとんど手に入れたことがなくて、特にこれといって悪いこともしてないのになぜかずっと苦しい状況に追い込まれているような気がする
これなら、誰も聞いていないところで大して忙しくもないのに口を開けば時間がない時間がないと叫ぶような専門学生の方がよっぽど幸せそうで、結局自分は人生が上手くいっていてもそうでなくても幸せになれないんじゃないかと思えてくる
というか、自分が幸せになることを望んでいない人が常に自分の隣にいるような気がしてくる
失敗してもドンマイで済ましてもらえるような八方美人の腑抜けもいれば、成功しても許されない馬鹿な男もいるのが世の中であって、結局嫌われ者は結果を出し続けるしか生き延びる方法はないんだろうなと改めて気付かされた
今の自分にはそうした結果を残せていないことも納得した
じゃあせめて実績だけでも人一倍残してやろうと頑張ってみたけど、世間に選ばれなかったことが鬱になった原因で、それから5年近くほぼ無気力な状態で生きてきたけどようやく今になって目が覚めた気がする
例えば今までの友人とか恋人とか学校とかが悪いわけじゃなくて、誰かと一緒にいたり、何かの集団に属していたりするだけで満足な幸せが得られると思っていた自分の認識が甘かったのだと思う
端的に言えば声のない他人をあてにしすぎていた
時としてそれらを全否定してしまったこともあるかもしれないけど、自分が求めているのは馴れ合いや安定と対極にあるもので、それを手にするのは自分しかいなかったと今になって気付いた
絶対的に楽しいカラオケボックスなんてものが存在しないのと同じで、要は自分しかその空間を楽しいものにできないということを知っていたはずなのに、一瞬の優しさに触れてしまったことで一人の人間として弱くなってしまったのだと思う
だから自分は将来何かで成功したいと思う
誰も何も言えないほどの、文字通り文句なしの実績を残したい
将来失敗するだとか、負けたらいいだとか言われ続けてきたからこそそう思う
突き進めばいろんな人がいろんなことを言うし、勝手に踏み台にされるのは経験上知っているけど、それでも60点の人生を100点だと思えるほど盲目じゃないから、どこまでも突き抜けてみたい
自分なりに幸せになりたい