時をかける表象

東大に2度落ちてもなお未だに浪人生をしているという学生の日記。記事と日記に分かれてます

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2019/01/12 土曜日

 

今日は高校の同窓会があるらしい

自分は参加しないが、彼女は参加するので、かねてから欲しがっていた香水を買うことにした

中学校の時に生徒会長をやっていたので、中学校の同窓会の幹事を頑張っているのを知っていたからだ

いや同窓会の幹事を無給で頑張っているからといって自分には全く何の恩恵もないし、むしろ疲れている彼女の対処をするのは自分だから、当たり前のようにのうのうと参加している人間から200円ずつくらい徴収して香水を買ってあげるのが本来の形のような気もするけど

特にブランドの指定はなかったが、自分は香水に疎いので、とりあえずDiorかCHANELかなと思った

でも極めてないうちは王道にこだわるべきだと思ったため、高い方のCHANELを買うことに決めた

例の4℃のネックレスを買った百貨店の中を歩き回って、CHANELどこかな〜って思っていたらココ・シャネルだ!ってわかった

自分が好きな匂いを選んで欲しいと告げられていたものの、試着・試食みたいな行為の仕方がわからず、勝手に開けて確かめてもいいのかわからなかったため、一旦店を出た

彼女と連絡を取った後、合流して買うことになり、再度店を訪れると彼女がすでに買う香水を決めていた

「サイズが3つありますがどれになさいますか?」と店員に尋ねられ、『どのくらい入っているんですか?』と返すと、「1番大きいサイズが1番お得となっております」と言われた

いや当たり前でしょ、と思いつつ、まぁどうせ買うならと思って大きいものを購入した

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何回使えるのかは知らないが、結構高いな〜と思った

どうしても同窓会につけて行って、「え、その匂いどうしたん?」って聞かれたかったらしい

実際そうやって彼氏のことを尋ねられたらしく、「めっちゃラブラブやな」「あの人、もっとキツイ人だと思ってた」「高校の時から雰囲気変わったよな」といった類のことを言われたらしい

いやいやいや、あんたらが俺を見る目が変わっただけでしょ、とは思いつつ、やはり同じ対象物でも、「会ったことはないが何故か知名度が高い人間」と「自分の友達の彼氏」というのとでは人間の印象は大きく変わるんだろうなと思った

大して上手くない絵を見ても、「これはゴッホが生前に描いた絵です」と言われたら、何だか味があるように感じるのと同じ

人間の認識において、「親近感」がいかに大きな役割を果たしているかを再確認した

 

 

あなたは私を何度see?

2018/09/30 日曜日

 

昨日の続き

 

何度か看板は見たことのある4℃の扉を開くと、3人の店員と目が合う形になった

客は自分以外に誰もおらず、若手芸人の前説みたいに、あーどうもどうも、というようなノリで挨拶するわけにもいかなかったため、軽い会釈をしてから目の前にある商品を覗き込んだ

視界一面に広がるリングたち

値札を見ると11万だとか28万だとかばっかりで、さすがに4度見くらいしてしまった

これが本当の4度seeである

さすがにおかしいと思ってよく見てみると、ここは4℃ BRIDALだった

場違いと間違いの静けさが店内に広がる前に、慌てて店を出た

 

本来行くべきだった方の4℃に着くと、1人の店員さんと目が合った

20代半ばの女の人だった

「何かお探しですか?」と聞かれたため、『あの、4℃を探しているんです』と答えたら、「ここです」と笑いながら言われた

その後も、『なんかこの店寒くないですか?室内温度も4℃なんですか?』「いやちょっとそれは違います」とか適当な他愛もない会話を続け、彼女の誕生日プレゼントでネックレスを買いたいんです、と伝えるとネックレスのコーナーに案内された

予算は3万円前後だと告げ、何分間かの質疑応答の末、もうこれで決まりかという時に、それがK10であることに気付いた

『いやゴールドならK18じゃないと…』と言うと、「予算が3万円とのことで、18金だと倍近くの値段になってしまうんです…」と言われてしまった

そうか、と思いながらもどうせ買うならちゃんとしたものじゃないと胸を張って渡せないし、そこにこだわっている自分が嫌いではなかったためK18のコーナーへ移動した

すると今度は数分で2つにまで絞り込めた

この店員さんは、一目見た時から息が合うというか、自分がよく喋るのもあるとは思うが、かなり意思疎通が図れていて、『なんか初めて会う気がしないですね』「確かにそうですね、前世で何か関わりがあったりしたんですかね、」なんて会話をするほどに馬が合っていた

結局自分と一緒についてきてくれた人と店員さんとの3人で同時に一方を指差そうという話になり、結果としてこれに決まった

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これだけで既に高校の時から欲しかったPS4が2台ほど買える金額ではあるのだが、おまけに2000円で箱が買えるということで、いや普通に考えて箱に2000円は高いだろとは思ったものの、先ほどのBRIDALの方で法外な金額を見ていたのと、もう既に2000円の30倍近くの出費をしていたため、それもつけてもらうことにした

その結果がこれである

 

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会計を済ましている途中に、この百貨店のポイントカードを作ろうという話になった

住所や氏名、生年月日を書きながら、ふと『え、誕生月なら30ポイントもらえるんか、俺5月やから損したわ〜』と言ったら、店員さんも「え、私も5月生まれですよ、」と言った

少し間が空いて、沈黙を埋めるためにさりげなく『え、何日ですか?』と尋ねると、その店員さんは「ヨウカです」と答えた

 

一瞬何が起こったのかわからなかった

ヨウカが8日のことだと落ち着いて認識するまでの2秒が、まるで法廷で判決を待つ時のような、どこまでも広がりを持った時間だった

ヨウカって20日のことだっけ?いやそれはハツカだ、ハツカ、小学校の時の夏休みにハツカダイコンの観察日記を8月29日と30日の2日で終わらせてフツカダイコンにしたんだった、なんてことを考えているうちに「僕も同じです」とだけ告げた

店員さんの目が大きく見開いたのを見るやいなや、僕は店を飛び出した

全身の鳥肌がそうしろと叫んでいた

前世で何か関わりが関わりがあった、という会話さえも神が仕組んだ運命だったような気がした

 

 

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【「3段階のコミュニケーション」】

2019/01/09 水曜日

 

いきなりですが、現代文の解き方には3つの手順があると思います。
例えば第1段落で部活がきついという話、第2段落で好きな人の話、第3段落でまた部活の話がされている文章があったとします。

この時、部活の話で始まって部活の話で終わるわけだから、結局筆者は部活について述べたいわけです。

そしてその内容は第3段落の内容によって決まります。

例えば第3段落が部活を頑張ろうという話だったら、部活は辛いけど好きな子がいるから頑張れるという話になるだろうし、第3段落が部活辞めたいという話だったら、部活は辛いし好きな子が実は自分と同じ部活の奴と付き合っていた。もう部活辞めたい。という話になると思うんです。
つまり重要なのは第3段落。

筆者の伝えたいことを掴むには、まず第3段落の内容を把握して、それから1番遠い第1段落を確認し、あとはつなぎの第2段落に触れるというプロセスを踏めばよいのです。

逆に筆者は、まず伝えたいことを決める、それから1番遠い具体例を挙げる、それらを結んで論を展開する、というプロセスを踏んで文章を書いていると思います。
でもこれは何も現代文に限った話ではありません。
例えば数学の問題でも、まず、今求めたいのは面積なんだなという風に何を求めるのかを把握します。

そしてその答えの形から1番遠い問題文の条件を確認して、それらを結べば自ずと使うべき公式や解法が見えてくるわけです。

この3つのうち、どれが欠けても答えには辿り着けません。

もっと言えば、これは勉強以外の話にも当てはまります。

例えば地球温暖化の解決策や部活動の練習においても、あるべき社会の姿や自分の目標を明確にして、そこから1番遠い今の社会や自分の現状を分析すれば、何をやるべきなのかがわかると思います。

しかも自分が得意な科目や物事なら、みんなこれが自然と出来ているはずなんです。
それはなぜかというと、この3段階のプロセスというのは、完全にコミュニケーションの3段階と一致するからです。

誰かとコミュニケーションを取るときに、まず自分が伝えたいことを把握して、それから相手のことを考えるというのは当然のことですよね。

結局私たちは様々な問題を通じて、例えば現代文の筆者や問題制作者と、今の社会と、そしてなにより自分自身とコミュニケーションを取っているんです。

だから自分が得意な分野では当たり前にできるこの3段階のプロセスを苦手な分野にも応用すればいいのです。


今の私もそうです。
すべての問題は3段階のプロセスを要するということを伝えるために、そこに結びつきそうにない現代文の例という出発点を決めて、終点に向かって論を進めれば、みなさんに「3段階のコミュニケーション」という題名の意味を伝えることができたのではないでしょうか。
ご清聴ありがとうございました。

 

 

 

 

これは高校の時のスピーチコンテストのために一応書いておいた原稿

本戦の審査員が国語の先生ばっかりだから現代文の話をしとけば優勝できたりするかなって思ったけど、予選の段階でお気に入りの生徒にかなり忖度があると聞いて披露すらしてない

【野党系男子に食べログ評価を】

2019/01/04 金曜日

 

恋人の食べログみたいなものがあればいいのになって思う

 

たとえば今、あなたはラーメンが食べたいと思っていると仮定する

そして、毎日行列が出来る食べログ4.5のラーメンと、並ばなくてもよい食べログ3.5の近所のラーメンのどちらを食べたいか、という問いを立てる

すると多くの人は、金額や空腹度や待ち時間による、と答える

でも当然その二つのラーメンが同時に目の前に置かれたとしたら、4.5のラーメンに迷わず手を出すはずだ

この4.5のラーメンは本来、長蛇の列に並んで高い金額を払わないと食べられないのに

それなのに一方で、彼女にするなら美人とブスのどっちがいい?と聞かれたら、多くの男は美人と答えるだろう

つまり、世の男は食べログ4.5の女と3.5の女が目の前に並んでいると勘違いしていて、4.5の女を彼女にするために必要な時間や金額、ライバルの多さを全く無視してしまっている

 

これは自分のメモ帳に書いてあった話で、出典は忘れてしまったのだけど、なにも男に限った話ではないと思う

彼氏と喧嘩して、彼氏のことを嫌いになりかけている時に、「ワイならそんな思いさせまへんで〜」とか言って寄ってきた男のことを優しい人だと勘違いしてしまう女は数多くいる

「彼氏はあんたのこと悲しませてもうてますさかい、ワイが絶対に幸せにしまんねん、よろしゅう頼んます」というマニフェストを掲げておきながら、結局付き合っても大して連絡を取らず、2ヶ月もすれば別れる

そんな野党みたいな男に彼女を奪われた男の涙が蒸発してできた雲が今日もどこかで雨を降らせている

本質から逸脱した問題を引き延ばして与党を叩き、啓蒙が足りてない市民の人気を取るために実現不可能な選挙公約を掲げ、いざ政権を取ったら政局を混乱させるだけの成果に終わってしまうような、いつかの野党を彷彿とさせる

政権を取ることだけに必死で、政権を取った後のビジョンが全くない

スーパーマリオブラザーズでどうしても攻略できないステージに直面した時に、「ちょいとワイに任せぇ」とかいってコントローラーを取り上げて、結局5回くらい失敗して命を無駄にしただけだったという小学校の頃の同級生に似ている

そういう小学生レベルの野党系男子に政権を奪われないためにも恋人の食べログは必要だと思う

【★☆☆☆☆ 1.0 最初はいい人見つけたなぁと思いましたが、数回利用して接客の態度が最悪だとわかりました。2度と利用したくありません。本当は1.0もつけたくないです。

 

みたいなコメントが頭上に表示されたらいいのに、って思う

もちろん毎日彼女に優しくすればいい、寂しい思いをさせなければいいという野党の意見もあるかもしれないが、野党の渾身の一撃ともいえる一過性の優しさと与党の持続的な優しさの一部分を同列に比べられても困るという話

だからそうやって野党系男子に言い寄られた時に、今、自分は食べログ1.0のマズくて臭いラーメンに言い寄られているという意識を持って欲しい

高いとは言わないまでも、食べログ3.5の彼氏を切り捨ててまで将来性のない1.0と結ばれる必要があるのかを考えて欲しい

そうして判断を誤った時、あなたの食べログにも

【★★☆☆☆ 2.0 最初の方は満足していましたが、何度も利用しているのに特別なサービスはありませんでした。もう少し常連を大切にするサービスがあってもいいと思います。】

 

と書かれる時が来るだろう

 

 

 

無・機質

2018/12/28 金曜日

 

ペンで紙に文字を書き込む

一蘭のテーブルみたいに隣の人と仕切られたブース型の勉強机で、ひたすら文字を書き込む

机の上にあるのは、ルーズリーフ、教材、筆箱、数本のペン、消しゴム、リュック、手袋、自転車の鍵

無機質の海みたいな空間

起きているときは大体ペンを握るかスマホを触っている

ペンというのは色々あるけど、とりあえず自分が今使っているシャープペンシルは使い始めてから数年が経つ

スマホも2年前の12月にクリスマスプレゼントとして自分で買ったiPhone7のまま

これらの二つは日中の自分にほぼずっと触れている

触れてはいるのに、干渉はしてこない

今だってスマホに触れているのに、この文章は自分が打っているし、スマホはなにも語りかけてこない

強いていうなら予測変換くらいである

最近はセンター試験が近くなって階段の踊り場で話す人々も減っていった

耳をすませば、シャーペンで文字を書く音、赤ペンで丸付けをする音、本のページをめくる音が聞こえる

図書館や自習室では喋ってはいけない

存在を知らせ、意思を伝達するために神様が声を与えたとするなら、この空間ではそれはなんの役にも立たない

ただ無機質なサウンドで存在をアピールする他はない

ペンを握って文字を書く時、ペンが勝手に動いて文字が書けたなんてことは一度もない

ペンは自分の心に働きかけてこないし、自分もペンそのものに対してなんの働きかけもしない

「使う・使われる」の関係を保ちながら、相互不干渉のままずっと存在し続ける

友人、恋人、恩人、他人の全てが無機質だったらどうなるだろうか

自分も誰かに影響を与えないし、相手も自分に影響を与えない

そんな無機質で不干渉な空間があったら幸せになれるだろうか

好きと嫌いを交互に壁に投げつけるような、矛盾と錯綜でグチャグチャになった心を神様は理解してくださるのだろうか

いや自分が無機質じゃないから知る由も無いだけで、きっと無機質同士にも相互の働きかけはあるのだろう

そう思いながら今日もペンで紙に文字を書き込んだ

紙もペンに文字を書き込まれた

 

抽出と着想

2018/12/26 水曜日

 

「連笑」という番組を見た

不幸な人が出てきて30秒のうちに笑わせたら勝ち

それを10人続ければ優勝というシンプルな番組

不幸な人というのは大半が一般人だし、その不幸さの程度も様々だったが、中には元ボクシング会長の山根明とかモト冬樹みたいな著名人がいた

笑わせる側の芸人も様々で、平野ノラとか流れ星、ハリウッドザコシショウ四千頭身、ずん、ネルソンズなど芸歴や性別関係なくチャレンジしていた

自分はこの番組の存在を知らず、適当にご飯を食べながら見ていたわけだが、30秒で笑わせればクリアというルールを聞いて流れ星ちゅうえいの一発ギャグが1番効いてくるだろうなと思った

しかし予想に反して見事10連笑を達成したのは2018年M-1王者の霜降り明星だった

まぁ霜降りだけ2回チャレンジして、他の芸人たちが苦戦した山根明会長が出てこなかったからというのも大きいのだけれど

でも今自分が焦点を当てたいのは10連笑できたという事実よりも、2人のポテンシャルの高さ、適応力の高さの方である

というのも、流れ星のちゅうえいなどの他の芸人がいつもの一発ギャグを披露していたのに対して、彼らは鉄板の一発ギャグが少ない分、自分の数ある漫才のストックから相手に合うやりとりだけを切り取って披露していたからだ

例えば金子元議員が出てきた時、カラオケに「何言ってんだ!」「もっと端的に話せ!」とかいう合いの手を入れて「野党か!」とツッコミをいれた(実際にはツッコミをいれる前にクリアになってしまったが)

ここだけ見たらなんてことないかもしれないが、粗品の抽出能力というのは前から目を見張るものがあると思う

よくクイズ番組で、なんでこの人はこんなことまで知っているんだ、と思うことがあるが、それはその人が常にクイズを意識して生活しているからである

普通の人と同じように新聞や雑誌、あるいはただのテレビを見ていても、「もしかしたらクイズに出るかもしれない」と無意識のうちに意識して見ている

だから「なんで知ってたの?」という司会者の問いに対して、「雑誌で特集されていたのを見たので、」という答えが返ってくる

それに近いものを粗品のネタに感じる

これは推測の域を出ない話だが、カラオケに「もっと端的に話せ!」という合いの手を入れてみよう、という話になってから、じゃあ「野党か!」ってツッコミを入れるわ、というプロセスを辿ってこのやり取りが生まれたのではないはずだ

多分、国会中継なりニュースなりで野党のヤジを見た時に「野党か!」とツッコミを思いついて、そこから逆算してボケを考えたか、「野党か!」というツッコミを入れようと考えて野党の数ある特徴の中から「ヤジを飛ばす」という側面に焦点を当てて、その側面が生きるようなボケを考えたか、のどちらかのはずだ

いずれにせよツッコミありきのボケだと思う

もし本当にこうした作り方をしているとしたら、生活に潜む多くの笑いの原石を抽出してやり取りを構築するという作業を四六時中やっているのではないか

彼らの漫才に、商品名やCMなどの生活に根ざしたボケやツッコミが多いのも納得できる

ビジネスマンにしても作家にしても、一流と呼ばれる人間のメモ帳やノートには日々の気付きがびっしりと書かれているらしい

どんな些細なことからも着想を得る人こそ頂点に上り詰めるのだと思う

ぜひ粗品のネタ帳やメモ帳を見てみたい

19歳にしてオールザッツ漫才を優勝し、最年少でM-1王者に輝いた粗品の意識の高さがそこに詰まっていると思う

手段が目的へ転化する弊害

2018/12/10 月曜日

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今年も日本一の漫才師を決める大会、M-1グランプリが開催された

もう細かい説明はしなくてもいいような大会だと思う

所々しかリアルタイムで見なかったが、録画したものを数回見た感想としては、放送後の事件も含めてスゴイ大会になったなと思った

スゴイ大会というのは、規模に関してもそうだけど、まるでオリンピックかと思うほどの影響力を帯びた大会になったなという

いやもっと言えば、W杯のサッカーの主審やオリンピックのスケートなどの採点競技の審査員と違って、この大会の審査員は誰もが知っている著名人だし、誰にどういう理由で何点をつけたのかを明らかにしているわけだから、本当にスゴイ大会だと思った

まず具体的なネタの感想は別にして、今大会の特徴としては大きく分けて三点あると思う

一つは、放送時間が拡大されたということである

放送時間が拡大されたことによって、ほぼ全員の審査員にコメントを求めるようになった

審査員も別の審査員と全く同じことを言うと沽券にかかわるから、どうしても独自の視点の入ったコメントや他者との差別化を図るための点数を付けざる得なくなっているような気がした

審査員同士で牽制しあったり、誰かが辛口な批評をしてしまうと、それに被せる形で辛辣なコメントをしてしまうと言った感じ

実際去年のM-1終了後のラジオで博多大吉先生は「他の審査員が低く付けてくるだろうと思ったから高めに付けた」なんて発言もしているわけで、やはり採点や講評をするにあたって、ネタと直接的に関係のない審査員間での駆け引きみたいなものが作用しているように思えた

まぁこれは以前からある話だけど、今年はよりそれが強かったように感じた、という話

二つ目は、会場の空気が重かったことである

これは一つ目の話とも絡んでくる話だが、1組目の見取り図、2組目のスーパーマラドーナと、決勝の10組の中であまり面白くないものが前半に出てきて、それに対して審査員のほぼ全員がキツいコメントをしたことによって、客の緊張度が増した気がする

というか、この2組は面白くなかったわけじゃなくて、M-1の客に合ってないネタだと思った

見取り図の「あたおか」はいつも使っていることを知ってる人からすると笑えるけど、見取り図を知らない人からするとちょっと意味がわからないし、オール巨人が講評で言っていたように、マルコ牧師の伏線も初見だとそれと気付かず見失ってしまう

見取り図の今までのネタの中でウケた部分を盛り込んだつもりなんだろうけど、接続に時間を取られて笑いの数は少ないし、なんか全体として世界観が完結してなかった気がした

見取り図らしいけど良さが出ていないというか

でもトップバッターで緊張せずに出来ていたことと、いつも噛む盛山がノーミスで出来たことは凄かったと思う

あとスーパーマラドーナは、途中でスベるはずの田中のボケで笑ってしまう客がいたりして、なんか心地よく笑えないムードを作ってしまったのが惜しかった

「このギャグを舞台でやるんですけど、みんな動かなくなるんです」って言うけど、いや実際スタジオで笑ってる人普通にいるけどな、って冷めてしまったのは多分自分だけじゃないはず

田中が扉をバーンって閉めて、二重ロックかけるところは爆笑したけど、だからこそ余計に出オチ感が強かった

面白くないとは言わんけど、なんかいつもに比べてかなりクオリティが落ちたな、と思った

まぁ終始武智がサイコパスを演じたのと、その後の上沼恵美子の講評も相まってかなり会場が重くなってしまった

何気に松本人志のフォローも武智の感情を逆撫でするような結果になってしまった気がする

最後に、この大会に気合いを入れすぎる人間が出てきたことである

特にスーパーマラドーナの武智とゆにばーすの川瀬名人の執着心は異常で、実際川瀬名人は緊張からか冒頭でがっつり噛んだり、ネタの選択もミスってたりして見てられなかった

本当はこの大会は通過点なのに優勝したら引退するとかいう人間が出てきている時点で、大会自体の性質が変わってきていると思った

M-1で優勝しても売れるとは限らないし、M-1で優勝してない人間が売れることも多かったりする

M-1はあくまでもどれだけネタが面白いかどうかという観点で順位を競うものだけど、今日のテレビにはネタを披露する場がそんなに多くないわけで、大事なのはネタが終わってから今田耕司や審査員とのクロストークや、暫定ボックスから去る時に何をするか、どこまで爪痕を残せるか、だと思う

その点でいうと、スーパーマラドーナの田中は暫定ボックスで会場の空気を盛り上げ続けていたし、それに乗っかったミキの亜生も爆笑を取っていた

トム・ブラウンの2本目のネタは加藤一二三が土の中から出てくるという発言を聞いて、YouTubeなどで探して見た人も多いと思う

過去の大会では、去年のカミナリとか何年か前の笑い飯の西田の「ここから1歩も動かんぞ!」「おもてたんと違うーー!」なんて発言は今思い返しても笑えるし、インパクトがある

サンドの富澤が講評で何度も言っていたように、ネタでは表現しにくい人間味のある面白さを表現するのがこの場面だと思うし、実際にテレビに出ることを考えればこの場面での面白さが実戦的な面白さだと自分は思う

それなのに、スーパーマラドーナの武智は採点結果が出た時に苛立ちを隠せていなかったし、敗退が決まった時も、スポーツ選手の引退試合かと思うようなコメントを残し、最終的には「俺が1番M-1のこと思ってんねんぞ!」みたいないつもの捨て台詞を吐いて席を立っていた

ゆにばーすの川瀬名人今田耕司の軽いノリに、血走った目で食いついていてネタ以上にスベっていたし、なんか何がしたいんだろうって思ってしまった

おまけに放送終了後に武智はとろサーモンの久保田と上沼恵美子の審査について暴言を吐いていたわけで

これらは全て、M-1に対する思いが強すぎるからだと思う

本来漫才師に限らず芸人というのは舞台上での芸で観客に訴えかけなければならないのに、テレビ局はM-1の歴史や歴代チャンピオンが栄冠を掴むまでを毎年30分くらいのドラマ仕立てにして番組冒頭に流すし、本気で優勝したいと強く思いすぎて余裕のない状態で漫才している人を見ると、見ている側としても落ち着いて見れない

この大会は知名度を上げるためのチャンスを与えるもの、いわば手段であるはずなのに、これが目的だと捉える人間が増えたせいで、ただの漫才の賞レースが世論を巻き込む採点競技へと変質した

実際漫才の賞レースはM-1以外にも多くあるが、自分も含め、多くの素人や芸人がブログやラジオや、あるいは休み時間の教室で話題にあげて激論を交わすことになる大会はこの大会しかない

それほどまでにこの大会の規模は大きくなり、採点競技へと変質してしまったため、誤審は許されなくなってしまった

当初は10年間という約束で試験的に始まった大会が、厳密な採点基準を要する競技へと転化した弊害がここに露呈し始めていると思う

漫才は点数をつけるものではないという常識を蹴飛ばしてその地位を築いた大会が、その常識の正しさを証明することになるというのは、なんとも皮肉な話である